第32話:〝円卓〟


 その議事堂は、おそらくこのラグナスで最も古く、かつ威厳のある建物だろう。


 その中心には――広い空間があり、なぜかそこには、その場に不釣り合いなほど古ぼけた円卓が一つだけ置いてあった。


 椅子も円卓も相当に使い込まれており、壁や床、そして天井に至るまで装飾が施されているこの議事堂でそこだけは妙に浮いていた。


 だが賢き者であれば、その円卓で一体どれだけの歴史が動いたかを知っていただろう。この大陸で流れた多くの血と、そして平穏は……この円卓から始まったのだと。


 その円卓に――五人の人物が座っていた。


「くくく……いやあ、まさかもなしで来られるとは……余裕ですな、ビョルン王」


 そう軽薄そうに嘯くのは、南の大国――レーン・ドゥ共和国の大統領ティリア。


「し、失礼だぞ! 我はイングレッサの王だ! 付き人なぞいらぬ!」


 そうみっともなく喚きながら、ちらちらと横を盗み見ているのは、大陸中央に位置する魔術大国――イングレッサ王国のビョルン王。


「この円卓は付き人なしで、王同士が話し合うのが習わしなのに、そんなこと今さら誇らしげに言われても滑稽ですわ。ねえルーナお姉様?」

「その通りよ。前回までいけ好かない宮廷魔術師に任せっきりだったくせに、何を誇らしげに言っているのかしら。ねえシャイナ?」


 クスクスと笑いながら、蔑むような目でビョルンを見つめる双子の少女は、西の宗教国家――パリサルス光印国の双王、ルーナとシャイナ姉妹だ。


「……だが、逃げずに出席した点だけは、我は高く評価する」


 低い声でそう言って武人然と座っているのは、角と尻尾が目立つ竜人――北の山脈を支配する岩国グルザンのメルドラス王。


 そして――


「……まずは、新興国の女王である私がこの場につけることを許可してくださった皆様に感謝します」


 そうして微笑みを浮かべたのは――東の地にて独立したエルフの新国家エルヘイムの女王イリスだった。


「ぼ、僕は何も聞いていないぞ! 僕は絶対に認めない!!」


 ビョルンがそうまくし立てるが、それに同意する者はいなかった。


「残念。三対一で可決だ。だが、まだ国として認めるかどうかは――今から決めるがね。さあ、語ろうじゃないか……この大陸の未来について」


 ティリアの言葉と共に――〝円卓〟と呼ばれる国際会議が開始された。



☆☆☆



 エルヘイム首都レムレス。


 城壁【ウォールオブイリス】の上。


 ヘルトが城壁の向こうに広がる荒原を見ながら煙草を吸っていた。その顔には、複雑な表情が浮かんでいる。


「ヘルト様! イングレッサ軍が! 撤退していきます!」


 ヘルトの側に駆けてきたのは、一人のエルフの女性だった。


「ああ。見えてる。だが宰相、あれは撤退じゃない――

「進軍? でもどこへ」


 ヘルトは煙を吐きながらそのイングレッサ軍の動きを見て、マリアの決意を感じざるを得なかった。


「どこへ? そんなもん決まってる。

「……まさかラグナスを襲う気ですか!? でも今あそこは〝円卓〟の真っ最中ですよ!?」

「だからさ。〝円卓〟は習わしとして、武力を介入させることを禁止している。だから各国もこの時ばかりは軍を動かさない。そしてラグナス自体もさして兵力を保持していない。つまり――


 だが、それは――地獄の幕開けでもある。


「そんなことしたら……イングレッサは……」

「しなくたって――イングレッサはもう四方から喰い千切られる運命になりつつある。遅かれ早かれ全面戦争になるのであれば――最も有効的な動き方は……ラグナスを包囲、襲撃し、

「そんな……! それではイリス様も!」

「危ない……かもな」

「どうされる気です?」

「イリスの下に戻る。ここはもう安全だ」

「どうか……ご無事で」

「ああ。留守は頼んだ」

「はい」


 すると、ヘルトの姿がフッと消えたのだった。


 いよいよラグナスの舞台へと――役者が揃おうとしていた。

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