第31話:〝イリスお姉様〟


 商業都市ラグナス、一番街。


「イリスお姉様!!」

「イリスお姉様!!」


 イリスが宿泊している宿屋の入口で、二つの重なった声と共に、イリスの胸に二つの影が飛び込んで来た。


「っ! イリス様!?」


 曲刀を抜こうとするアイシャだったが、


「あはは……アイシャ、大丈夫。知り合いよ」


 イリスは笑いながら、手でそれを制止した。


「知り合いだなんて冷たいよね、ルーナお姉様?」

「知り合いだなんて冷たいわ、シャイナ」


 それは、純白の聖衣を着た――双子の少女だった。


「久しぶりね、ルーナ、それにシャイナ」


 二人の頭を撫でて、イリスが笑顔を浮かべた。


「覚えていてくれて嬉しいね、ルーナお姉様」

「覚えていて当然よ、シャイナ」


 その二人は――イングレッサの西側に位置するパリサルス光印国の双王である、ルーナ・パリサルスとシャイナ・パリサルスだった。


 当然、一国の国王が護衛も側付きも連れずに、こんなところにいるのはありえないことなのだが、二人の性格と、何よりを知っているイリスは、さして驚きはしなかった。


「イリスお姉様は酷いよね。私達より先に、グルザンとレーン・ドゥに声を掛けるなんて」

「イリスお姉様は賢いわね。私達より先に、まず秘密裏にグルザンと関係を結んでおいて、レーン・ドゥにはまるで最初に声を掛けたのは貴方とですと言わんばかりの交渉をしたのだから」


 二人の少女の視線を浴びて、イリスは苦笑いをするしかなかった。


 幼い頃から、国同士の交流の場で一緒に遊んだりしただけにしては、随分と懐かれてしまっているが、きっちりとこちらの動きを正確に予測している辺りは流石だった。


 幼い見た目と言動に決して騙されてはいけない。彼女達もまた、イングレッサの猛攻から国を守り抜いた――英雄なのだから。


「全部筒抜けね――ご主人、そこの部屋を借りるわ」


 イリスはこちらをチラチラと見て、どうしたらいいか分からないこの宿の主人にそう声を掛けると、宿屋の入口にある団らん用の部屋へと二人を引き連れた。


「別にあそこでも良かったのに。ねえルーナお姉様?」

「別にあそこでも良かったわね。ねえシャイナ」

「一応、二国のトップ同士なんだから……それにご主人が困っていたわ」


 扉を閉じると、アイシャが扉の前に立った。


「それで……こっちから行こうと思ったのに、なぜそちらから?」

「愚問だよねルーナお姉様? イリスお姉様に会いたいからに決まってるじゃない!」

「良い質問よシャイナ。私達はイリスお姉様に全面協力をする気だからに決まっているわ」


 双子の姉――ルーナの言葉にイリスが目を細めた。


「その話――詳しく聞かせてくれる?」



☆☆☆


 エルヘイム首都レフレス、霊樹の地下――〝賢者の根〟


「ふむふむ……やはりここがキモか」


 ヘルトが爆心地のような跡が残るその空間を丹念に調べていた。


 おそらく、不完全な召喚――ヘルト側から干渉したせいで魔術式が組み変わったのが原因で起こった――ではあったが、そこには確かに、【英雄召喚サモン・サーヴァント】の痕跡が残っていた。


「そのものは消えても……魔術の跡は消えない。特にあんな膨大な魔力を使う魔術なら尚更だ」


 ヘルトが空間に残る魔術の跡をなぞっていく。勿論、時間が経ってしまっているので、消えている部分も多く、不完全ではあるが……ヘルトはアーヴィンドから聞いた【英雄召喚サモン・サーヴァント】の基本式とこの場の痕跡、そして自身の知識を総動員して――その魔術式の全貌を把握しつつあった。


「なるほどなるほど。ふむ……やはり俺ではいくら頑張っても完全に解析するのは無理だな。根本的な許容魔力量が違い過ぎて時間がいくらあっても足りない。だが――」


 頭の中で組み立てた魔術式に、ヘルトは満足げに頷いたのだった。


使は……解析できそうだ」


 そう呟くと、ヘルトはにやりと笑ったのだった。

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