第29話:再会


 イングレッサ軍陣地――指揮所。


「よお、随分とやつれてるじゃねえか」


 マリアの顔を見ると、開口一番にそうのたまったヘルトに、マリアは苦い表情を浮かべた。


「その減らず口、やはり亡霊ではなく、貴様か――ヘルト・アイゼンハイム」

「まあ、亡霊みたいなもんだよ。座っていいか? ん? お前は、なんだっけ名前」


 答えを聞く前に、簡易の椅子に腰掛けたヘルトがマリアの参謀へと声を掛けた。


「……リカールです。何度も自己紹介しましたけども」


 参謀のリカールがマリアと同じく苦い表情を浮かべた。


「やれやれ……相変わらずだな、ヘルト。だが、心なしかいきいきしているように見えるよ……そんなに良いか――イングレッサの旗から抜けることは」


 ヘルトの前に座り、そうマリアが吐いた。その言葉の重みに、ヘルト以外の全員に緊張が走る。


「何を今さら。俺は元よりイングレッサの旗になんか興味なかった。魔術を追求して探求できるばそれでいい」

「だが、裏切る必要はないはずだ」

「おいおいおい、お前もどうせ見たんだろ? 。あれが答えだよ」


 ヘルトが笑いながら煙草をつけた。


「……あれは偽物か」

「いいや。

「ならば、貴様はなんだ? 双子の弟とでも言うつもりか?」

「マリアにしては面白いジョークだ。だが残念、それも不正解だ」


 ヘルトの言葉に、マリアは眉間を指で揉んだ。そうだ、そうだった。そもそもこいつとまともに会話しようと思うのが間違いだった。そう思いなおしたマリアが顔を上げた。


「お前の正体は今はどうでもいい。だが、その力が私の知っているヘルト・アイゼンハイムと同等と考えて問うが――大人しく下るつもりはないか?」


 それは、聞かざるを得ない質問だった。例え、答えが分かっていようと。


「マリア、お前随分と冗談が上手くなったな。ようやく少しは堅さが取れてきたのか、話しやすくて助かるよ。だが、ちょっとだけ話がずれてる。下るのは、俺じゃなくて――


 ヘルトは不敵に笑うと、煙草を持つ手を真っ直ぐにマリアへと向けた。


「貴様! いい加減にしろ! ここで叩き斬るぞ!」


 部下の一人がいきり立って剣を抜くが、それをリカールが制した。


「やめとけ。お前が剣を動かす前に、百回は死ぬぜ?」

「ですが……! 相手はしょせん魔術師!」

「くくく……良い部下じゃねえかマリア。俺はそういう奴好きだぜ? ん?」


 ヘルトがからかうようにその部下を見つめるので、マリアが首を横に降った。


「剣を収めろ。ヘルトも挑発するな」

「はっ!」

「へいへい」


 肩をすくめるヘルトだったが、反省している様子はない。


「話を戻すが……悪いことは言わん。マリア、イングレッサの旗の下はもう地獄しかない。ミルトンの馬鹿のせいで、周辺国は反イングレッサに動きつつあるぞ。ま、ミルトンが何もしなくてもそうなってはいただろうが。あの愚王がお前を、いやお前があいつをか、見限ってその関係が断絶した以上――

「……例え、そうであろうとイングレッサの民に罪はない。彼らを守る為にも……私は……」

「今のままだと、全面戦争に突入するぞ。俺の遺産でどこまで戦える? 四方から攻められて、耐えられるのか? 攻めるのは簡単だが……守るのは、困難だぞ」


 ヘルトの言葉は正しかった。あの愚王が円卓でやらかすのは見えている。いや……違う。


 そう――。マリアはそこに気付き目を細めた。


「イングレッサを、地獄に落とすのはお前だろ。おそらく周辺国には、お前の軍用魔術の一部を差し出すのを条件に協力を引き出す。そうしてエルヘイムの独立を認めさせ、包囲網を完成させる。周辺国は我らに奪われた領土や資源を奪い返す好機だ。首を横には振らないだろうし、軍用魔術は喉から手が出るほど欲しいはず」


 ヘルトは何も答えず煙を吐いた。


「マリア。お前は軍人として優秀だ。更に政治も分かる。こんなところで散るには――あまりに惜しい」

「お褒めいただき光栄だが、散る前提なのが気に食わんな」


 マリアが苦笑いを浮かべるが、ヘルトは真剣な表情を崩さない。


「俺としても、お前とお前の軍と戦うのはあんまり気乗りしないんだよ」

「……魔導機関は容赦なく撃滅したクセに何を言う」

「あれはほら、あまりの不甲斐なさについ……」

「はあ……とにかく、我々は挙兵してレムレスを攻めよと王に言われたので、こうして攻めるべく陣を作った。そこからは

「そうかい。ああ、これは独り言だが……うちの防衛機構は基本的に専守防衛でな。攻められないと機能しないんだわ。あー攻めてきてくれないと何もできないなーこまったなー」


 そんなことを言いながら、ヘルトが立ち上がった。


「というわけで話は終わりだ。お互い、健闘を祈ろうぜ」

「……相変わらず喰えぬ男だよ、お前は」

「俺を喰おうと思うのはお前ぐらいだよマリア。いや、もう一人いるな……はは、お前ならうちの女王様と気が合いそうだよ。というわけで、邪魔したな。参謀の……リカールだっけか? お前も達者でな」


 そう言って、ヘルトはスッと霊体化するとそのまま去っていったのだった。


「消えた!?」

「消えたな。やはり亡霊の類いか。全く大人しく寝ていれば良いものを……」


 マリアはどっと疲れが降りかかって気がして、肩を揉んだ。


「……どうしますか団長」


 そのリカールの言葉に、マリアは応えざるを得なかった。


「静観だ。あとはいつでも撤退……いや違うな行軍の準備だ」

「行軍?」

「場合によって――


 マリアの言葉で、イングレッサ軍が慌ただしく動き始めた。


「イングレッサのことは――イングレッサがケリを付けるべきだろう」


 マリアのその言葉は、誰にも聞かれることなく――指揮所の中で響いたのだった。

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