第28話:マリアの予感(イングレッサ側視点)


 イングレッサ軍、〝グリフォン騎士団〟、陣営。


「マリア様、後方三十キロ地点に、エルフ難民の一団を発見しました。一部武装したエルフに護送されているようです」


 レフレスの城壁を睨んでいたマリアは、その報告を聞いて頷いた。


「おそらく、キエルケ鉱山から解放されたエルフ達だろう」

「兵を動かしますか? 千もいれば制圧できるかと」


 しかし部下の提案をマリアは即座に却下した。


「刺激するな。おそらく護送しているのは〝トネリコの槍〟だ。下手に攻めると痛い目に合うぞ」


 マリアは既にある程度の情報を掴んでいた。キエルケ鉱山を失ったこと、辺境軍が潰滅したこと。その裏に、ある魔術師が絡んでいるであろうこと。


 確定情報はないが、つなぎ合わせれば見えてくる。


「ですが……奴らは友軍を破ってここまで来ているのですよ?」

「分かっている。奴らはまだ行軍しているのか?」

「いえ、おそらくこちらに気付いたのか動きを止め、森の中に潜んで陣地を形成しています」

「であれば、動きだけ監視して捨て置け。難民抱えながらこちらを攻めることはないだろう」

「はっ!」


 部下が足早に去っていくのを見て、マリアはため息をついた。


 既に賽は投げられたとはいえ、この行動が果たして正解なのかは甚だ疑問だ。


「しかし、向こうも動きがありませんね」


 マリアの参謀である青年が城壁を魔眼鏡で覗きながら、そう呟いた。


「ふ、私の権限で動かせる全軍を連れてきたからな。下手には動けないさ。だが奴らは一度魔導機関の兵器や魔術を退けたのだ。油断はできないぞ」

「はあ……正直、俺それ半信半疑なんですけどね。未調整だったとはいえ、魔導機関最新の兵器が手足も出なかったって……」

「向こうに、アイツがいたのなら、全て説明がつく」

「……ありえないっすよ。あの人は死んだんですから。団長だって首を見たでしょ?」

「分かっている」


 マリアがそう言いつつも、その顔にはどこか、まだ生きていると信じている雰囲気があって、参謀は気に食わなかった。


「で、いつまで静観するつもりですか? 騎士達や兵士達も少しずつ士気を下げていますよ。ま、元から士気なんてありゃしないですが」

「〝円卓〟次第だよ」

「正直言うとイングレッサはもう終わりですよ、団長。あの糞ボケミルトンのせいで、めちゃくちゃです。俺らは、イングレッサの旗の下にいやぁしますが……俺らが仕えているのはあの愚王ではなく団長ですから。だから――」


 参謀が言おうとしたことを、しかしマリアは先回りして、首を横に振って黙らせた。


「みなまで言うな。どこまでも、私達はイングレッサの民であり、騎士なのだ。それを忘れるな」

「向こうはそうは思っていませんよ。こんな重要な局面でこんなところに動かすんですから」

「そうだな」


 マリアは空を見上げた。曇天が余計に気を滅入らせた。


「団長、レフレス側に動きがありました!!」


 その言葉にマリアは何かの予感めいたものを抱きながら、魔眼鏡を覗いた。


「あれは……」


 見れば、旗を持った一人の男がこちらへと悠然と歩いてきている。


「使者でしょうか?」


 部下の声に、マリアが笑った。


「そうか……アイツはずっと引きこもりっぱなしで顔を知っている奴の方が少なかったか……ふふ」


 部下が怪訝な顔をする。


「丁重に迎え入れ、私の下に案内しろ。いいか、相手を王族だと思っておけ。うちの王より奴は――


 その言葉を聞いて、参謀が慌てて魔眼鏡を覗き――こう叫んだのだった。


「嘘だろ……本当に生きてやがったよ……ヘルト・アイゼンハイム!!」


 

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