第25話:ミルトンの最期


「どうした、ミルトン? 先ほど言ったことを述べよ」


 メルドラスの圧力に屈したミルトンが口を開いた。


「……わ、我が国は! キエルケ鉱山をグルザンに準備を整えている! その見返りとして、我が国の領地を不当に占拠し、更に独立国だとのたまうエルフ達への軍事、経済共による制裁を行っていただきたい! そして〝円卓〟にて、必ず議題に挙げてくるであろう、独立国として承認するかについては、断固として反対の姿勢を貫いていただきたい!」


 その言葉を聞いてイリスとヘルトは、呆れを通り越して、いっそ憐れんでいた。


 何をどう、間違えたらそんなことを平気で、この外交の場で言えるのだろうかと。


「……ふむ。そもそもキエルケ鉱山は我が国の領土であり、貴殿の国が不当に占拠してだけで、譲渡という言葉はそもそも不適切ではあるが……仮に返還するというであれば、確かに一考に値する申し出ではある」

「さらに、この犯罪者は他国の領地を不法に占拠してあまつさえ独立などとのたまっています! これは断固として認めてはならない事態ですぞ!」

「……言いたい事は良く分かった。以上で終わりか、ミルトンよ」


 その言葉にミルトンは勝利を確信してイリスに気味の悪い笑顔を向けながら頷いた。


「もちろんです」

「ふむ……どう思う、よ」


 その言葉に、ミルトンがピクリと反応した。


「メルドラス王……失礼ながら、間違えておられますぞ。その小娘は……今は亡きリーフレイア森林国の王女に過ぎません。今のなってはただの小娘です。それを、間違っても王の立場であれを女王などと……」

「黙れ、ミルトン。王は、私に発言を求められた」


 イリスがミルトンを睨み付け、言葉を叩き付けるとそのまま淀みなく言葉を放った。


「まず第一に。キエルケ鉱山は現在――我がエルヘイムの管理下に置かれている。それを貴国が返還するというのはどういうことだ?」

「なにを言うかと思えば、デタラメを……キエルケ鉱山は現在もイングレッサ軍が駐屯している。それはメルドラス王もご存知のはずだ」


 ミルトンがイリスを見て、小馬鹿にしたような声を出す。


「だそうだが……ウィーリャよ。事実は?」

「はっ。間違いなくイリス女王率いるエルヘイム軍が占拠していたイングレッサ軍を撃滅し、鉱山を掌握したのを見て参りました」

「貴様! どこの馬の骨か知らんが嘘をつくな! メルドラス王! いくら側近とはいえ、そのような虚言をのたまう者を側に仕えさせてはいけませぬぞ!」


 どの口が言う、とヘルトとイリスは同時に思ったが、口にしない。


 二人は……既にウィーリャの立場について聞かされているからだ。


「どこの馬の骨……だと? 口が少々過ぎるのではないかミルトンよ。ウィーリャは次期、獣主だぞ? つまりは……だ」


 メルドラスの言葉に、ミルトンが口をパクパクさせるが、言葉は出ない。


 獣主とは、言わばこの国における王と同じ存在であり、それは血統ではなく能力で決まるという。そして次期獣主に選ばれた者は必ず、諸国を旅して知見を得ることを課せられるのだ。


 ウィーリャはその課題をこなしつつ、今回イリス達に接触したのだった。


「つまりは、ミルトン。我が国の後継者の言葉は信用ならないと。そう言いたいのか?」

「いえ、そういうわけでは決して……ですが、何かの間違いでは? 奴らには戦力がありません。それでかの鉱山を掌握したというのは、流石に大言壮語ではありませんか?」

「戦力なら彼の存在だけで、十分証明できるかと」


 そう言ってウィーリャはヘルトへと視線を向けた。


「お褒めいただき感謝する。そして――


 ヘルトが――顔を上げ、憎悪で燃える瞳をミルトンへと向けた。


「な、なぜお前が……!! いややはりお前か……なぜ生きている!? なぜエルフに肩入れする!?」

「おいおいおい……メルドラス王の御前だぜ? そんなことはどうでもいいだろ?」

「貴様!!」


 ミルトンが杖を抜こうとするが、直前でその手を止めた。


 もし、抜いていれば――おそらく彼は死んでいただろう。


 なぜならヘルトはもちろんのこと、ウィーリャもアイシャ、そしてアーヴィンドさえも攻撃をする準備をしていたからだ。


「イングレッサを強国へとのしあげた最大の要因。それこそがヘルト・アイゼンハイムその人であり、確かに彼が一人いれば、かの鉱山を奪還するのは容易だろう」

「……ありえません! 奴は死にました! 私が処刑したのです! あれは偽物で幻だ! メルドラス王、騙されてはいけません!」

「メルドラス王よ。そろそろ確認が取れたのでは? どうせ、とっくに裏を取るために動いていたのでしょう?」


 ヘルトのその言葉に、メルドラスが頷いた。


「流石に読まれていたか。どうだ、ウィーリャ」


 メルドラスが確認すると、ウィーリャが右目を怪しく光らせた。


「――間違いありません。今、部下に魔力通信機でイングレッサ本国へ確認をしましたが――やはり……この男は宮廷魔術師の地位を剥奪されています」

「なななな、何言っている!! 私は! イングレッサ王国の宮廷魔術師のミルトンだぞ!」


 汗を流しながら訴えるミルトンだが、既にその言葉は空虚以外の何ものでもなかった。


「ミルトンよ。貴様は立場を騙り、外交書類を偽装し、虚言を我に提案しさらに――我が後継ぎを侮辱した。この罪……外交問題では済まないぞ?」

「……クソが! たかが獣の三流国家が何を偉そうに言う!! もういい! 結構だ! お前らもエルフもろとも潰してやる! こっちは既に他国と連携して貴様ら人間以下のゴミを抹殺する手筈は整えているんだ!!」


 喚くミルトンだが、もはやその言葉に耳を傾ける者は誰もいなかった。


「今のお前はもはやイングレッサ側の人間ですらない……ただの差別主義者だ。メルドラス王よ、これ以上は聞くに堪えない」

「奇遇だな、イリス女王よ。我も同じ事を考えていた――衛兵、この男を捕らえよ」


 扉が開き、衛兵達が飛び込んで来る。


「くそ!! 私は!! 宮廷魔術師のミルトンだぞ!! なめるな獣が!」


 ミルトンが狂乱して杖を――あろうことかメルドラス王に向けた。


「竜人だろうがこの魔術の前では無意味だ!! 【魔封縛――」


 しかしその魔術は発動する直前で、術式ごと掻き消された。見ればヘルトが笑みを浮かべ、右手をミルトンへと向けている。


「ばーか。二度も同じ手を使わせるかよ」

「へ?」


 ミルトンがマヌケな声を出しながら、魔術がヘルトの【魔術解体ディゾルブ・マジック】によって不発に終わったことに気付いたと同時に――


「王に杖を向けた者を生かしておくほど、あたしらは寛大ではないぞ!!」


 いつの間にか接近していたウィーリャの短刀が、ミルトンの喉笛を切り裂いた。


「ア……なん……で……ひゅー……ひゅー」


 血を噴きだしながら、ミルトンが絶命。床へと倒れた。


 こうして、元宮廷魔術師のミルトンはあっけなくこの世を去った。


 そしてその行動と死は、更にイングレッサの外交立場を危うくしたのだった。


 イングレッサに――滅びの足音が近付いている。

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