第26話:愚王


 イングレッサ王国――王城、王杖の間


「王よ! 一体貴方は何を考えておられる!!」

「マリア、うるさい! 僕は何も悪くない!」


 玉座に座る青年――イングレッサ国王ビョルン三世が顔を真っ赤にして、目の前にいるイングレッサ軍の長である女騎士マリアへと声を荒げた。


「なぜ、ミルトンを追放したことを黙っておられたのですか! しかもするだけして、その権威をそのままにしておくなんて! 各国から偽装書類を渡されたと抗議の書簡が届いていますし、何よりグルザンからは、宣戦布告と見なすとまで言われているのですよ!?」

「そ、それは……王がする仕事ではない!」


 ビョルンの言葉に、マリアは頭を抱えたくなるのを我慢した。


「その通りですが、その事実を言っていただかないと、こちらもやりようがありません……。レーン・ドゥとパリサルスには、こちらの立場が下にならない程度に謝罪を行いましたが、グルザンはもう、外交すら出来ない状態ですよ。何でもミルトンがメルドラス王に危害を加えようとしたとかで、その場で殺されています」

 

 マリアは、ミルトンの残した禍根の処理に追われていた。各国からの抗議はもとより、グルザンについては正直もうお手上げに近い状態だった。一体ミルトンが何を企んでいたのかは分からないが……血迷ったとしか思えない。


「え? ミルトンが……死んだ?」

「……遺体の引き渡しを要求しました。向こうはさっさと持って帰れとでも言いたげな感じでしたが。下手をすると……戦争になるかもしれません」

「せ、戦争は嫌だ! めんどくさいことも増えるし、贅沢もできないし……」

「当たり前です。国民が戦っているのですよ? 歴代の王は自ら戦場に立ち、兵を鼓舞して回ったぐらいです」

「ぜ、前時代的だ! 僕は僕の王道を示す! お前が言ったようにな!」


 ビョルンの言葉に、マリアは完全に導く方向性を間違えてしまったと後悔をしていた。ミルトンに操られるだけの人形から脱却するように諭した結果――肥大した自尊心とこれまでの怠惰な性格が合わさって……もはや手が付けられない愚王と化していた。


 自分が、何とかしないと……この国は危ういかもしれない。マリアはこの国がそこまで追い詰められているという事実を認めざるを得なかった。


「王……まもなく〝円卓〟が開催されます。ここが、全てです。各国との関係修復、グルザンへの謝罪。全て、王が行わないといけません。勿論、私も、宰相も全力でサポートいたします」


 その言葉に、隣にいる宰相も頷いた。能力は三流だがミルトンの息が掛かっておらず、無難な仕事しかしない男を起用したのだが……ある意味それは正解だったかもしれない。


 今必要なのは、我の強さではない。


「――要らぬ」


 だが、それも全て無駄だった。


「何が、要らないのでしょうか」

「〝円卓〟は僕と、僕が決めた側仕えだけでいく! マリアも宰相も来るな!」

「な、何を仰っているのですか!? 先ほども言いましたようにこの〝円卓〟はかつてないほど重要な意味を帯びているのですよ!? それを王と、政治も分からぬ側仕えだけで向かわれるのはあまりに危険です!」


 マリアが無礼も承知で立ち上がり、まくし立てた。


「……マリアは僕を信じると言った。あれは嘘なのか」

「そ、それは……これとは話が別です!」

「お前は、何をしている。エルフの反乱はどうなった? イリス王女をいつ連れてくるんだ! 僕ずっと言っているぞ! 何よりもイリスを優先しろって!! こんな偽物エルフはもうたくさんだ!」

 

 ビョルンがそう言って、側に侍られせていたエルフの首に手を掛けた。


「あ……がっ!」


 エルフの顔が真っ赤になっていく。酸欠で口をパクパクと必死に開けるが、ビョルンの力には敵わない。


「王! お止めください! ここは神聖な玉座の間ですよ!?」

「これが……!! 僕の力だ!!」


 ゴキリ、という音と共に、エルフの首が折れ、床へと崩れ落ちた。


「あはは……あはははは!! マリア、お前はすぐにレフレス自治区を取り返すべく、自ら兵を率いて向かえ。今すぐだ。これは王命だぞ。逆らうなら――処刑する」


 その言葉と、狂気の宿った目を見て……マリアは全てを察した。そして君主制の政治には、限界があると感じてしまった。


 こんな愚王に仕えてしまった自分の身を呪うと共に――マリアは無言で退室したのだった。


「この国は――終わる」


 マリアはどうすべきか、ということまでも思考放棄する。


 そして少しだけ、この地獄を味わわずに済んだヘルトとミルトンに、嫉妬したのだった。


 

 〝円卓〟まで――残り一週間。

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