第23話:空虚な策謀(ミルトン視点あり)
キエルケ鉱山南方。
そこを進むのは、イングレッサ辺境軍の一団だ。
「進め!! 収容所は堅牢な砦とはいえ、あそこの兵士共に期待はできん!!」
襲撃の報を受けすぐさま出動した辺境軍だったが、何せ情報が錯綜しており、既に陥落しただの、撃退しただのの情報が飛び交っていた。
「見て下さい! あの渦を!」
「なんだあれは……まさか……アレを解放したのか!?」
指揮官がキエルケ鉱山に渦巻く魔力の嵐を見て、冷や汗を流す。
彼は強制収容所の地下に眠るモノについて知る数少ない人物だった。
「……まずい。そんなことは想定外だ」
「どうしますか!?」
「……引き返すわけにもいかないだろう。斥候を走らせろ!」
「はっ!」
しかし、指揮官のその命令は――無駄に終わることになる。
なぜなら――
「て、敵襲!! 背後より敵、百!!」
「馬鹿な!? どこに潜んでいた!」
「さ、左右の崖上にも展開しています!!」
「まさか……待ち伏せか!?」
彼らは既にエルフの女性で構成された傭兵部隊――〝トネリコの槍〟に包囲されていたからだ。
「包囲完了、高所も取れましたので……あとは殲滅するだけです」
部下の報告に、エルフの美女――レジーナが妖艶な笑みを浮かべる。細長い煙管をまるで杖のように振ると、彼女の口から号令が出された、
「よろしい。殲滅を開始せよ。竜車はなるべく無傷でな」
「はっ! 作戦開始!!」
イングレッサ軍辺境軍の奮闘むなしく、彼らは三十分も経たずに全滅したのであった。
☆☆☆
商業都市ラグナス。
一番街――イングレッサ政務事務局。
「あ、あの……疑うわけではないですか……こ、これは本当に公務でしょうか?」
「君はいつから、私を疑えるほど偉くなったのですか? さっさと外交手続きを進めなさい」
「は、はい!!」
小太りの男が汗を掻きながら書類を書き上げていくのを見つめていたのは――元宮廷魔術師のミルトンだった。
彼は頬がこけてやつれているが、その目だけは野心に燃えており、ギラギラと輝いている。
だが、内心は決して穏やかではなかった。
ここまでの道のり、そしてラグナスについてからの幾多の屈辱。その全てが彼の心を蝕んでいた。
『……お帰りください。イングレッサとの交渉は本国事案なので私共では対応できません』
わざわざ伺ったのにも関わらず、そうにべもなく突っぱねた、レーン・ドゥ共和国の外交官。
『申し訳ございません。当方は、現在イングレッサとの関係を調整中でございまして。外交手続きにつきましては本国と直接お願いいたします』
そうやんわりと、だが断固とした態度で断った、パリサルス光印国の外交司教。
その二つの国からの拒絶は、ミルトンを苛立たせた。まだ、宮廷魔術師の肩書きが剥奪されたことは公表されておらず、依然として権力は使えるはずなのに、それが通用しないことに彼は激怒していた。
普段であれば、彼らは礼儀を尽くして迎えてくれていたことを思い出すと、その態度の急変が余計に自分の惨めさを際立たせていた。
そうして仕方なくミルトンが、周辺国として最後である――グルザンとの外交交渉へと乗り出したのだ。
小太りの男――イングレッサの外交官が書き上げた書簡をひったくると、ミルトンは足早に去っていった。
「こうなったら鉱山を返却しててでもグルザンを動かして、あのエルフ共を絶滅させてやる……」
彼はまだ信じていた――自らの力を、政治力を。
だが、彼は既に数手遅れていた。
彼はこの街に駐在するグルザンの外交官からも交渉を断れた結果――直接グルザンの王に交渉することを決断したのだった。
☆☆☆
奇しくも、同じ時――
「イリス。彼女達のエルヘイムまでの護送はあたし達に任せな。ついでに一部の実行部隊をこちらに残してそのままレフレスの防衛に回るさ」
辺境軍を潰滅させ、竜車を鹵獲してレジーナがそう言いつつ、部下に指示を出し、解放したエルフ達を竜車へと乗せていく。
「ありがとうレジーナ。助かるわ」
「一番凄いのはあんたさ。まさかあたしらの到着を待たずに収容所を掌握してしまうとはね。末恐ろしいよ」
「まあ、全ては彼のおかげだけどね」
そう言ってイリスが視線を向けた先。そこには――
「いや、だから、そこの式展開は無駄だって。もっとこうすれば効率化できるだろうが」
「愚かな。この優美な式展開を理解できぬとは」
「優美さとかいらねえんだよ!」
空中に魔術式を展開し、ああでもないこうでもないと議論しているヘルトとアーヴィンドの姿があった。
あの後二人は魔術議論を開始し、数時間経った今もそれに夢中になっている。
「あれが伝説の竜人に、稀代の軍用魔術師か。こうしてみると子供にしか見えないが……」
そう言ってレジーナが苦笑する。
「それで、イリスはこれからどうするんだい?」
「ええ、それなんだけど――このままグルザンの首都ベギオに行こうと思ってるの。案内は彼女がしてくれるわ」
そう言ってイリスが、横に立つウィーリャの肩に手を乗せた。
「この鉱山について、話し合う必要もあるしな。王も会いたがっている」
ウィーリャのその言葉にイリスが頷き、そして殴り合いになりそうな勢いで議論している魔術師二人に声を掛けた。
「というわけで……行くわよヘルト!」
その言葉に、ヘルトが片手を挙げた。
「ちっ、というわけで、この続きは今度だ」
「大体の事情は把握出来たが……お前達はグルザンへ行くのか?」
「ん? ああそうだが」
「ならば我も行こう。議論を途中で終わらすのは好かんしな」
アーヴィンドが真面目な顔でそう言うので、ヘルトは思わず笑ってしまった。
「お前も魔術馬鹿だな。おい、イリス。こいつも連れていくぞ」
「ば、馬鹿! あんたもうちょっと偉人に対しての口調を改めなさいよ!! ウィーリャが泡吹いて倒れたじゃない!!」
こうして、ヘルト達もアーヴィンドと共に――【
ヘルトとミルトンが再び相見える時が――間もなくやってくる。
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