第22話:魔術師の戦い


「さあ、貴様はこれをどう解く? ――【嵐竜の瞳ディザスター】」


 アーヴィンドの愉快そうな声と共に、彼の周囲に浮遊している瓦礫や岩が、彼を中心に回転しはじめた。


 それは当たるだけで挽肉になりそうなほどの速度へと徐々に加速していく。


「かはは……良いね、そんな魔術は見たことがない! 素晴らしい未知だ!!」


 嬉しそうに吼えながらヘルトが目を閉じて、魔術を発動。


「――【魔術解体ディゾルブ・マジック】」


 それは全ての魔術を解体する万能の魔術であり、相手の魔術が複雑であればあるほど効力を増すのだが――前提条件があった。


 それはその解体する魔術に対する理解だった。どういった術式と魔術理論や系統を使った魔術なのかを掌握しないことにはその効力は発揮できない。


 つまり、それを自分で発動させられるぐらいの理解度が求められるのだ。これまではヘルトが自ら理論構築した魔術ばかりが向けられていたので、当然前提条件を満たしていた。


 だが、この目の前に迫る大規模魔術は違う。


「おいおい……なんだこの魔術。無茶苦茶もいいところじゃねえか。なんだこの基本式? 非効率極まりないクセにやけに噛み合ってやがる」


 ヘルトが嬉しそうにその魔術を解体していく。もはや邪魔だとばかりに魔術で五感を消していき、解体に集中する。


 彼は知ってか知らずか、アーヴィンドが生きていた時代――古の時代の魔術師同士の戦い方を再現していた。それは、お互いに必殺の魔術を交互に撃ち合い、撃たれた側は防御をせず、その魔術の解体を行う。


 当然、解体が遅ければ防御側は死に、解体されてしまえば、次は攻撃側が魔術が撃たれる番となる。


 こうして、どちらかが死ぬまでその撃ち合いは続けられたという。

 

「……基本は精霊魔術か。風と地と……雷だと? なんちゅう力技だこれ。だが……面白いな」


 そんなヘルトをイリスをジッと見つめていた。もし彼が魔術の解体を失敗すれば、ここにいる全員が死ぬかもしれない。だが、すぐそこにその明確な死が迫ってなお、彼女は動じない。


 なぜなら彼女は知っているからだ。あのヘルトが魔術を使った戦いで負けるわけがない、と。


 その信頼を背で受け、ヘルトが目を開いた。


「解体――完了だ」


 パチンという指を鳴らす音共に、目と鼻の先まで迫っていた嵐がまるで幻かのように消え去り、浮いていた瓦礫がその場に落ちた。風がヘルトの赤髪を揺らす。


「……お見事だ、若き英雄よ。迫る死を前に冷静に理性的にいられたその胆力、賞賛に値する」


 アーヴィンドが嬉しそうにそう言って、手を叩いた。


「上から言いやがって。次はお前の番だぜ? お望みなら見せてやるよ、現代の魔術をな――【マジックバレット:ガウスコイル】」


 ヘルトが右手を向けると魔法陣が出現し、そこから奇妙な物が出現する。


 それは地面と水平方向に、アーヴィンドの方へと伸びる螺旋上の光の線だった。それは数メートルほどで終わり、まるでヘルトが螺旋状の筒をアーヴィンドに向けているような形だだ


「ほう……? なんだその魔術は」


 アーヴィンドが興味深そうにそれへと魔力波を放ち、分析していく。


「素晴らしい……なんという理路整然とした術式だ。無駄が何一つない。ふ、なるほど、先ほどの我の魔術に対する……貴様の返答というわけか」

「はん、余裕ぶっこいていると――死ぬぜ?」


 ヘルトの言葉と共に、螺旋が青白い雷を纏い、魔力で生成された弾丸が装填される。


 次の瞬間、弾丸が雷を帯びると同時に射出。


 螺旋の中を通常の魔術ではありえないほどの速度に加速をしながら魔弾が進んでいき、爆音と衝撃波を纏いながら一瞬でアーヴィンドへと迫った。


「――見切った」


 しかしその魔弾はアーヴィンドの手前で溶けるように消滅した。


「果たして……それはどうかな?」


 ヘルトが笑みを浮かべた。


「ほう……!」


 魔弾は消えた。しかし――その魔弾が起こした衝撃波までは


 それを防御する暇なくアーヴィンドに衝撃波が叩き付けられ、そのまま収容所の方へと吹き飛び、轟音。ガラガラと音を立てながら瓦礫が崩れ、その下敷きとなった。


「お前らの時代の魔術師は。世界の法則ってもんをもっと使いこなしてこそ一流の魔術師だろ」


 ヘルトが発動した魔術は弾丸を生成し、組み込んだ精霊系雷属性魔術式による電磁力で加速させ、飛ばすというシンプルな物だ。その速度は通常のマジックバレットの比ではなく、その速度は軽く音の速さを超えていた。


 ゆえにその弾丸は爆音と衝撃波を伴い、目標へと進んでいくのだが――あくまでその衝撃波は弾丸の移動による副産物であり、魔術的な要素は一切ない。


 ゆえに、魔術を解体したところで、その衝撃波は消えなかったのだ。


 それはヘルトが得意とする魔術的アプローチであり、例えば燃焼魔術で周囲の空気を一気に燃焼させることで、炎に対する防御魔術を掛けたところで――相手は窒息死してしまう。


 魔術による魔術的な要素のみならず、世界の法則を変化させ更に相手に攻撃を加える。


 それこそが、ヘルトの軍用魔術の真骨頂だった。


「魔術を消すことだけしか考えてない、老人にはちとキツかったか?」


 そうヘルトが挑発した瞬間――瓦礫が爆発。


「……はは……ふははははは!! 素晴らしい!! 素晴らしい魔術だった!! これだから人生とは面白いのだ!!」


 そこには、傷一つないアーヴィンドが立っており、嬉しそうに声を上げていた。


「おいおい……普通は四肢が千切れるぐらいの衝撃波のはずだぞ」

「貴様――名は?」


 アーヴィンドが魔術を使う様子なく近付いてくる。


「――ヘルト・アイゼンハイム」

「良い名だ。なるほど……アイゼンハイムの血を引いているのか……道理で」

「あん?」

「勝負なら我の負けだ。本来なら、死んでいたであろうからな。ヘルトよ、素晴らしい魔術だった」


 そう言って、アーヴィンドは右手をヘルトへと差し出したのだった。


「はん、ま、ここは先輩の顔を立てておいてやるよ」


 そう言って、ヘルトはその手を握ったのだった。


 こうして古の魔術師との戦いは終わり――イリス達による強制収容所の解放及び鉱山の奪取は成功したのだった。

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