第21話:〝黒刹〟


「い、イリス様だ!」

「まさか、助けに?」

「イリス様! イリス様!」

「イリス様万歳!!」

 

 収容所の外。そこは囚われていたエルフで溢れていた。


「イリス様!! よくぞご無事で!!」

「ああ……信じておりました……いつかきっとこんな日が来ると」

「リーフレイアはどうなりましたか!?」


 イリスに、人々が群がる。中にはイリスがよく知る人物もいるようで、泣きながら抱き合っていた。


「しかしあっさりだった。流石は大魔導師ヘルト・アイゼンハイム」

 

 そこから少し離れた位置に立っていたウィーリャが横に立つ霊体化しているヘルトへと声を掛けた。


「まあな。さて……問題は思ったより、囚われているエルフの数がずっと多い点だ。何往復すれば良いのやら」

「その心配なら要らないと思うぞ。おそらくトネリコの槍が準備しているだろうさ」


 ウィーリャの言葉に、ヘルトが頷いた。


「さてと……で、お前はどうする気だ?」

「どうするもこうするもない。あんな魔術を見せ付けられてなお、敵対するという意思を持てるのはよっぽどの馬鹿か愚か者ぐらいだ」


 ウィーリャはそう言って、ため息をついた。あの魔術の数々。はっきり言って、グルザンの正規軍でもあれの前では全滅必須だろう。勿論それらを見た今なら対策を立てて戦いようもあるが……そもそも敵対しないのが最も賢い選択だ。


「ああ、そうかい」

「……王次第ではあるが、一度ベギオまで来てもらう必要があるかもしれない」

「グルザンの首都か。ここからなら、行けない距離ではないが……まあそれはゆっくり考えよう。今は、あいつらの再会の時を邪魔したくないからな」


 ヘルトが再会を喜ぶイリス達を見て、フッと笑ったのだった。罪償いではないが……少しだけでも生前の悪行を清算できたような気がして、スッキリとした気持ちだった。


「……ふ、案外優しい男なんだな、お前は」

「案外とか言うなよ。絶対にイメージだけで語ってるだろそれ」


 ヘルトが心外とばかりにそう言うが、それをウィーリャが鼻で笑った。


「話を戻すが、おそらくこの事態に気付いたイングレッサの辺境軍がやってくるのも時間の問題だ」

「だな。まあそこはトネリコの槍に任せる予定だよ。挟み撃ちの形になればベストだが」


 ヘルトは正直、もはや何がこようが、【テュポーン】と【簡易エメス改弐】があれば何とでもなると思っていた。


 油断していた、と言ってもいい。


 だからこそ――その存在に真っ先に気付いたのは、ウィーリャだった。ぞわり、と尻尾の毛が逆立つ感覚。


「……っ!? なんだ今のは!?」

「あん? どう……し……!!」


 二人が同時に振り返り、空となった収容所の方へと身体を向けた瞬間――


 収容所の入口が爆散。


「きゃあああ!!」


 エルフ達から悲鳴が上がるが、なぜか爆散したはずの収容所の壁の欠片が地面の落ちずにフヨフヨと宙に浮いていた。


 見れば、怪我人は一切いない。


「なんだあれは……!!」

「分からないが……あれは良くない感じがする!」


 ヘルトとウィーリャが疾走。イリス達に合流する。


「皆は避難を!! まだ兵士が残っていたの!?」


 イリスが避難指示を出しながら、ヘルトへと叫ぶ。


「そんなはずはない! それにあれはそんなチンケなもんじゃねえぞ!」


 まるで、そこだけ重力がないかのように――岩や欠片が浮いており、その中心地には黒い影が悠々と歩いていた。


「やはりハイエルフか。しかし術者は違うな……」


 そう言いながら出てきたのは黒髪の竜人だった。


「お前だな――なるほど【英雄召喚サモン・サーヴァント】か」


 竜人の視線が霊体化しているはずのヘルトへと突き刺さる。


「あれは……なんだ。竜人がいるなんて聞いてないぞ?」

「そんな……そんな情報はありませんでした!」


 アイシャがヘルトの疑問に首を横に振って否定する。


「……ヘルト、向こうはやる気みたいよ。それに【英雄召喚サモン・サーヴァント】を知っていたわ」

「ああ。俺が出る。お前らは下がってろ」


 ヘルトがその竜人へと向かって歩いて行く。


「まさかその術式がまだ残っているとは。しかし貴様は……いつの時代の魔術師だ? どうも我の生きてきた時間にはいない系統のようだが」

「英雄になってまだほやほやなもんでね。で、あんたは誰だよ」


 ヘルトが笑って挑発する。


「我か? 我はアーヴィンド。〝黒刹〟と言えば伝わるか?」

「嘘だ……」


 その言葉に反応したのは、ウィーリャだった。彼女はぺたんと地面に座り込んでしまう。


「ありえない……なぜ貴方が……」

「かはは……おいおいおい、とんでもないもんを掘り出したんじゃねえかこの鉱山」


 ヘルトはその名を聞き、思わず笑ってしまった。勿論彼は、その名を良く知っていた。


 〝黒刹〟アーヴィンド。

 その名は古い文献だと、五百年前の物にすら出てくる。グルザンの前身とも言うべき、獣人族の連合を作り上げた人物と言われ、その名前と姿は獣人族の中では神に近い形で畏怖と尊敬を集めていた。


 その魔力と魔術はもはや人の域を超え、天変地異を起こすとも言われていた。


 だがその伝説や逸話は、数百年前を境にプツンと途切れていた。


 だがそれでも間違いなくこの竜人は――と呼ばれる類いの人物だった。


「まさかこんなところにいたとはな。これは俺達……眠れる竜を起こしてしまったか」


 ヘルトは、視線の先にいる一見すると優男にしか見えない竜人に、ゾクゾクとした予感を感じていた。


 こいつは……間違いなく


「イリス、もし俺が死んでなくて、代わりにあいつが死んでいたら……お前の召喚にはあいつが応じたかもしれないな」

「それほどのようね。戦わずに済む方法は?」

「ないだろうな。やる気満々だよ向こうは。これは……ちと本気を出さないとまずい。じゃないと多分――死ぬぞ」


 ヘルトがそう言って煙草に火を付けた。


「さあ見せてくれ、若き英雄よ。この時代の魔術を」


 アーヴィンドがそう言って、両手を空に掲げた。その魔力で雲が渦巻き始める。


「はん、言われなくても見せてやるよ。合理と効率の神髄をな」


 ヘルトが笑いながら右手をアーヴィンドへと向けた。


 英雄同士の戦いが――始まる。

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