第20話:地下に眠る者(収容所内視点)
強制収容所内。
「急ぐよ! 兵士達を表の友軍が引き付けている隙に皆を解放させる!」
「はい! 武器庫の場所は把握済みです!」
「潜入任務ってほんとサイアク。この恨み、晴らさせてもらうわよ」
エルフの一団が混乱に乗じて、まだ収容所内にいた兵士達に反乱を始めていた。彼女達は全員トネリコの槍の構成員であり、荒事にも、兵士達の拷問まがいの暴行にも慣れていた。
「しかし、表は派手にやってるみたいね! 噂によると、王女様自ら立ち上げた国らしいけど」
「へえ。あの国にそんな根性残ってるエルフがいたのね」
「しかも、王女様自らここに来たらしいわよ」
「それは流石にないだろう」
雑談しながらも、彼女達は的確に武器を奪い、兵士達を倒していく。
「あ、あの! 何が……?」
鍵の掛かった部屋を次々と開けていくと、解放された煤だらけのエルフ達が怪訝そうな顔で彼女達に問うた。
それに対して彼女達はにやりと笑うと、奪った杖や武器を渡しながらこう答えた。
「――反撃の時が来たんだよ」
☆☆☆
収容所内、所長室。
「な、何が……どうなっている!!」
全裸の所長が、自分の上に乗っていた首輪を付けたエルフを突き飛ばすと、下着も着ずに外へと飛び出した。
そこは――混乱のるつぼだった。
「しょ、所長!! 襲撃です!」
駆けつけてきた部下の言葉に、所長が目を見開いた。
「馬鹿な!? グルザンか!?」
「分かりませんが、見張りは全滅しました! 更に内部でも反乱が!」
「あああ……まずいまずいまずい! こんなことがミルトン様にバレたら――」
所長が顔を真っ青にして、慌てふためいた。
「どういたしましょう!?」
「……逃げないと」
「は?」
「逃げるぞ! こうなったらラグナスまで逃げて隠れるしかない!」
「ですが……この状況では……」
「
所長が覚悟を決めたような顔でそうポツリと呟いた。
「ですが、アレは……解放すればこの収容所も無事ではすみません! そもそも本国からもアレは刺激するなと!」
「黙れ!! もう既に無事ではすまないんだ!! 早くいけ!!」
「は、はい!!」
「ああ……終わりだ……終わりだ……!」
所長が、急いで部屋の中に隠していた財産――ここの鉱山で時々産出される宝石の原石――を取りに部屋に戻ると、そこには、さっきまで散々嬲っていて首輪を付けたエルフが全裸で立っていた。
「どけ!! もうお前に要はない! 失せろ!」
所長は怒鳴ると、そのまま金庫を開け始めた。
「これだけあれば……逃げ切れ――」
言葉の途中で、所長のこめかみをナイフが貫く。
「……ようやく金庫開けやがって。ち、気持ち悪い」
首輪を付けたエルフが血塗れのナイフと首輪を捨て、所長の手から落ちた原石を集めると、そのまま服を着て部屋を出た。
「さてと……ルイーズの姉御に良い土産が出来た」
エルフの女は原石を革袋につめると、足早に去っていった。
☆☆☆
収容所――地下牢獄。
そこは限られた者しか入ることが出来ず、その存在すらも知っている者は少なかった。
「……随分と、世界は騒がしいな」
その中でも最も深い牢獄。異常なほどの鍵と魔術錠が掛けられた厳重な扉の奥に、一つの影がいて低い声を発した。
「ほう……中々の魔力量だ。ハイエルフか? だがそのわりに異常なほど術式が洗練されているな。面白い……これほどの使い手がまだこの時代にいたのか」
影が人の目には見えない微かな揺れを天井に見て、ブツブツと呟いた。その背後には黒い鱗の生えた尻尾が揺れており、その縦長の瞳孔が、影が人間ではないことを物語っていた。
「ふむ……また来たのかもしれんな……新しい風が」
その言葉と同時に、影の前の扉が開いていく。
その扉が開くのは実に――
「で、で、出ろ!! お、お前には、この盟約に従って動いてもらう! この収容所を襲った奴らを全滅させよ!!」
そこにいたのは、一人の兵士だった。彼は必死に震える手を押さえながら杖をその影に向けた。
「やれやれ……身から出た錆とはいえ、愚かな人間に言いように使われるのはいつの時代も辛い」
「こっちはいつだって貴様を殺すことが出来るんだぞ!! め、盟約がある!」
盟約――それは魔術的な呪縛であり一度結ぶと、それには絶対に逆らえないとされている。
「分かっている。しかし、百年ぶりの運動をするには……丁度良い相手かもしれんな」
そう言って、暗闇から出てきたのは――黒髪の、曲がりくねった角が頭の左右から生えている竜人の男だった。見た目だけで言えば優男と言った感じだが、その纏う雰囲気は不吉そのものだった。
竜人とはこの世界で最も希少と言われる種族だ。鱗の生えた尻尾と角以外は人間と同じ見た目ではあるが、寿命と魔力量はその比ではなかった。
長生きな竜人ほど魔力と魔術に長けており、伝説によれば、一人で国を落とした者もいたと言われるほどだ。
「は、早くいけ!! アーヴィンド!!」
その言葉に、竜人の男――アーヴィンドは反応した。
「うむ。だが、その前にやることがある」
「へ? あ――」
アーヴィンドの太い尻尾が見えないほどの速さで振られ――気付けば兵士の頭部は弾けていた。
「我は、人間如きに呼び捨てされるほど落ちぶれてはいない。それにその盟約とやらは……とっくに期限が切れておるぞ愚か者。我はここを出られなかったのではない――
そう言って、アーヴィンドが地上へと続く昇降機へと乗った。
「さて……この時代の魔術。見せてもらおうか」
そこで、初めて――アーヴィンドは笑ったのだった。
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