第19話:対軍魔術【テュポーン】


 キエルケ鉱山、収容所――詰め所。


「ふあー。早く王都に戻りてえなあ」


 鉱山の見回りや警備、そして収容者に対する刑罰をするだけの日々に嫌気が差していた魔杖隊の隊員が、そんなことを言いながら配給品の酒を煽った。勤務中であるが、それを咎める者は誰も居ない。


 隣室から、エルフの悲鳴と同僚達の笑い声が聞こえる。


「いや、いやあああ!!」

「ギャハハハ!! おら、もっと鳴けよ!! 次は足を狙うぞ」

「足は五十点だぞ? お前の腕前じゃ無理だろ」

「た、助けてください!」

「俺の射撃の腕前を信じろクソエルフ」


 そのあまりに惨い光景をしかし、彼は見て見ぬ振りをした。


 ここの鉱山をした際はイングレッサ軍も、グルザンの報復を警戒し精鋭を駐屯させていたが、年月が経つにつれて本国の体制が変わり、いつしかこの収容所はイングレッサ軍の落ちこぼれの左遷先となっていた。


 そのためか士気は高くなく、全員が怠惰で退屈な毎日を過ごしていた。そしてそれを紛らわすために、日に日に嗜虐的な遊びがエスカレートしている。


「毎日エルフを殴り放題、犯し放題な天国じゃねえか。俺は戻りたくないね」


 同僚が顔を真っ赤にしながら下卑た笑みを浮かべた。


「俺は、そういうの好かん」

「はあ……そういう融通が利かないところが原因でここに送られてきたんだろお前。もう、素直になろうぜ。本当は目を付けているエルフがいるんだろ? ん?」

「……はあ。王都に戻りてえ」


 他の同僚達も皆、こいつと似たり寄ったりであることを考えると、まとまな自分がおかしいというのも理解できる。だから、それこそ獣のような毎日を過ごす同僚達がある意味羨ましかった。自分もそこまで落ちぶれられたら、いっそ楽なのだろうと思っていたが――


「ん? なんか表が騒がしいな」

「どうせ、また誰かがエルフを殺しちまったんだろ。作業中の事故としか報告しねえんだから毎度毎度騒ぐなよな」


 同僚の言葉に上げかけた腰を戻そうとするが、なぜか彼は胸騒ぎがしたのだった。


 何かがおかしい。


「ちょっと見てくる」

「おいおい、真面目かよ。良いんだよ放っておいて」


 しかし彼は杖を持つと、詰め所を飛び出した。

 この収容所は、元々は砦だっただけあり、詰め所も頑丈に作られているせいで音が中まで伝わりづらいのだ。


 ゆえに、外に出て彼はようやく気付いたのだった。


 そこに形成された――紅蓮の地獄を。


「ああ……ああああ!! 何が起こってる!!」



☆☆☆


「……ヘルト、容赦しなくていいわ。ここにいる連中は全員がクズよ」


 収容所の現状をルイーズやウィーリャから聞いているイリスが表情を変えぬまま、ヘルトに命令した。


「ならば遠慮なく。さてさて、では新魔術のお披露目といこうか――対軍魔術【テュポーン】起動」


 ヘルトが御者台に立ちながら魔術を起動。背後に巨大な魔法陣が生成され――そこからあの【鉄の鳥籠アイアン・ゲージ】でも使われた小型の飛翔体が無数に生成され、射出。


 白い尾を引くそれらの飛翔体の群れは、まるで古の伝説に出てくる多頭の蛇がその鎌首をもたげているかのように見え、そしてその伝説通り、破壊と死を撒き散らした。


 飛翔体が砦の手前にあるバリケードや見張り台などを全て爆撃。


 込められた爆裂魔術と共に燃焼魔術が発動し、一瞬で周囲のマナと空気を吸い上げ、熱に変換。


「あっ」


 周囲にいた兵士達は痛みを感じる間もなく、骨まで灰と化した。その膨大な熱量は突風を巻き起こし、更に被害を拡大させる。


「……これが先の戦争で使われなかったことを感謝するわ」


 イリスの前には――地獄が広がっていた。

 熱によって、黒く炭化した地面や砦。それら以外の物は何一つ原形を留めていない。


「はん、イリスの魔力があるからこそだけどな。ちと過剰すぎる火力だが――相手がお行儀良く隊列を組んでやってくるのなら、一発で戦いが終わる」


 対軍魔術【テュポーン】のあまりの破壊力に、ウィーリャは絶句していた。


 あれを撃たれて潰滅しない軍がこの星に存在するとは思えなかった。それは、あまりに突出していて……異常だった。


「さあ、玄関はノックした。ほら、歓迎会の始まりだ」


 騒ぎを聞き付けて、砦の内部から次々と兵士達が飛び出してくる。だがその動きに統制はなく、中には逃げようとする者までいた。


「無抵抗な者は捨て置きなさい。あくまで、私達はここの奪還が目的なのだから」

「トネリコの槍も、さきほどの爆発を合図に、おそらく内部に潜入させた工作員を使って動いているはずです。本隊は後詰めでしょうが」

「流石に一人一人相手するのは、めんどくさいな――【簡易型エメス改弐】」


 ヘルトが再びイリスから供給された膨大な魔力を使って、密かに開発していた魔術を起動させる。


 竜車の周囲に小さな魔法陣が次々と出現し、そこから岩と土――つまりここの地面を構成する物質によって出来たスリムな人形が生成されていく。その姿はエメスとよく似ているがより流線型で、更に二回りほど小型化していた。


 それぞれが、手に剣や槍の形に削った岩を携えており、その顔と思われる部分にある赤く灯る光点が、素早く周囲を見渡した。


 エメスの術式を元に作り上げたヘルトの新魔術――【簡易型エメス改弐】によって、五十体のエメス兵が整列する。


「命令を下す――〝敵対者を殺せ。抵抗しない者は捕縛せよ〟」


 その命令に、無言でエメス兵達が行動を開始する。


 そこから始まったのは一方的な殺戮だった。いくら兵士達がマジックバレットを撃とうが、その強固な外殻の前では無意味であり、人の動きを大きく超えたエメス兵の挙動に、長年訓練を怠っていた兵士達が対応できるわけがなかった。


「こりゃ、トネリコの槍を待つまでもなく終わるな」


 事実、その僅か十五分後には――収容所にいた兵士達は全員が敗走、捕縛もしく全滅し、あっけなく強制収容所はヘルト達の手に落ちたのだった。

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