第18話:交渉は始まっている


 険しい山道を、一台の竜車が走る。


 遠くに見えるのは黒い山々であり、黒煙が至る所から上がっている。


 あれこそが【岩国がんこくグルザン】の首都、灼熱都市ベギオがある、国名にもなっているグルザン火山連峰だった。


 しかし竜車はそこには向かわず、その手前にある山脈にある、一見すると禿げ山にしか見えない小さな山へと進んでいた。

 

「んー、快適ね!! ほれほれいけー」

「あ、ちょっとイリス様! スピード出しすぎですって!」


 御者台に座ったイリスが楽しそうに、竜車を牽引している地トカゲ――四足歩行の巨大なトカゲ――を操作していた。その危なっかしい操作に、アイシャがハラハラしながら横から見ている。


「はあ……緊張感がない」


 その様を竜車内の端に座り込んだウィーリャが見て、ため息をついた。王に言われ、この目で見て判断したからこそ、今の状況があるわけだが、果たしてこれで良かったかは未だに疑問が残る。


 とはいえ利害が一位している上に、魔眼を見破られた以上は監視の継続は不可能であり、行動を共にする他なかった。


「くくく……まあそのうち慣れる」


 積まれた荷物――食料や水やが入った木箱に腰掛け、煙草をくゆらすヘルトが笑った。


「しかし、なぜ貴様はエルフに手を貸す。処刑されたと聞いたがそれは嘘だったのか」

「んにゃ、死んでるぞ。きっちりな。今の俺はいわば、亡霊みたいなもんだ」

「……そうか。だが能力は衰えていないのだろ?」


 ウィーリャが挑発するような口調でヘルトを見つめたが、彼は笑い飛ばした。


「もちろんだ!! 獣人族の魔術にも大変興味はあるが……生憎こちらもあんたらと事を構える気はなくてね。ま、大方そちらの予想通りの動きをするつもりだよ」


 と、言うもののヘルトは肝心の計画についてはまだ一言も話していない。向こうが勝手に勘違いしてくれたら御の字だが、このウィーリャという女は、流石メルドラス王が直々に命を下した奴だけに、中々に手強そうだった。


「強制収容所を襲撃し、エルフ達を解放。ついでミスリル鉱山を占拠し、それをカードにグルザンと交渉を行う。そうだな、そちらが望むのはミスリルの採掘権と、〝円卓〟における援護射撃辺りか。まずはエルヘイムを国として認めるかの議論になるだろうから、予め根回しをして、代表五ヶ国……今は四ヶ国か、の票は一つでも集めておきたいはず。それには、同じ非人間国家であるグルザンの協力を得るのがまずは第一歩だ」


 ヘルトはその的確な予想に内心で舌を巻きながら、獣人族にありがちな無口な戦士という顔をしながら良く喋るウィーリャを見て苦笑する。


 というか、喋りすぎじゃないか? んー。これも策略なのか?


 ヘルトには判断が付かなかったが、とりあえず会話を継続させる。


「その通りだよ。流石だな。イングレッサは間違いなく反対するので、まずは確実な賛成票が必要なんだ」

「……我々がそちらと組むメリットがないのだが? イングレッサには散々煮え湯を飲まされたとはいえ、強大な国家であることには変わらない。そこに弓引いてまで、この冬を越せるかどうかも分からない新国家に肩入れするとでも?」

「するさ。メリットならある」

「それは?」

「おいおい、みなまで言わす気かよ」


 そう言ってヘルトが煙草の煙を吐いた。それを魔術で操作し、複雑な魔法陣を描いていく。


「これは……」


 獣人族戦士だが――魔術の素養もあるウィーリャはその魔法陣が意味することをすぐに理解できた。


「それはまさか……【竜塵りゅうじん】に対する治療魔術の術式か!?」


 ウィーリャがそう言った途端、ヘルトが息を吐き、煙を吹き飛ばした。


「ミスリル鉱山の返還については、グルザンを交渉のテーブルについてもらうための餌に過ぎない。本命は……こっちだ。俺はこう見えて治療術式にも詳しくてね。つーか詳しくない魔術系統がない? みたいな?」


 その言葉を聞いて、ウィーリャがヘルトをまっすぐに見つめた。冗談めかした言葉にも動じないその純粋な眼差しにヘルトは笑みを浮かべる。


 祖国のとある女騎士を思い出すような、そのクソ真面目な感じ、嫌いじゃない。


「魔術師よ……その話、本当だろうな?」

「本当だと言ったところで信じるのか?」

「……我々獣人族は死者を尊ぶ。お前がそうだだと言うのなら――信じるさ」

「かはは……悪くない。悪くないぞ。改めてウィーリャ、よろしく頼む。長い付き合いになりそうだからな」


 ヘルトが手を差し出したが、ウィーリャは目を細め、こう冷たく言い放ったのだった。


「……馴れ合う気はない」

「さいですか。まあいい」


 だが、ヘルトは見逃さない。ピクリとも動かなかった尻尾が微かに揺れていることを。


「ヘルト、見えてきたわ」

「ああ、すぐ行く」


 ウィーリャを置いて、御者台へと上がったヘルトの眼前には、あの禿げ山がそびえ立っていた。


「あれがそうか」


 その禿げ山の麓は不自然にくり抜かれており、そこには山肌と一体化した砦のような建造物が山に埋め込まれていた。


 それこそが悪名高い、イングレッサの強制収容所――キエルケ鉱山とその収容施設だった。砦のようになっており、その手前にも、見張り台やイングレッサの軍人らしき姿が見回りをしているなど、厳重な警備が見て取れる。


「ええ。さて、どうする?」


 イリスが笑みを浮かべながらヘルトへと問うた。


 それに対し、彼は何を今さらとばかりの顔をすると――こう言い放ったのだった。


「――、以外にあるのか? 王者にはな、こねくり回したような策略はいらないんだよ。王道をまっすぐに進み、立ちはだかるものは全て……蹂躙すればいい。それが出来る力が俺にはある」

「流石は私の英雄ね。さあ行くわよ!」


 そんなことは聞いていないとばかりの顔をするアイシャとウィーリャだったが――時既に遅し。


「――不審な竜車を発見!! ただちに停車せよ!! 繰り返す! ただちに停車せよ!!」


 竜車は既に駐屯するイングレッサ軍に発見されていた。


「さて、やるか。今度は俺らが攻める番だ。かはは、俺の性に一番合うやつだな!」


 爆裂が――襲撃の合図となった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る