第17話:五番街の戦い


「こちらです」


 足早に進むアイシャのあとをイリスとヘルトが付いていく。今のところ尾行もないが、ヘルトは周囲を警戒する。


「人通りが少ないわね」

「ええ、ここはもう五番街ですから」


 商業都市ラグナスは、一から十の区画に分かれており、その中でも五番街は倉庫が立ち並ぶ区画で、商人や輸送商隊の者以外の人が近付くことは殆どない。


 ゆえに、尾行が居ればすぐに分かるはずだが……。


「どうしたのヘルト」

「アイシャ、例の倉庫は近くか?」

「はい。そこの角を曲がったところです」

「そうか。いや、人の気配はないが……監視されている気がしてな」


 ヘルトが素早く周囲を見渡した。人は誰もおらず、唯一動いているのは空を舞う鳥ぐらいだ。


「……鳥?」

「鳥がどうしたの?」

「いや、アイシャ、あの鳥が何の鳥か分かるか?」


 ヘルトの言葉に頷くと、アイシャが魔眼を使って、空高く飛んでいる鳥を凝視する。


「あれは――鷹? しかも……おそらくは野生のものではありません。足に筒が付いています」

「やっぱりか。じゃあ、あれが視線の正体だ――よし。!!」


 ヘルトが急に実体化し、周囲に聞こえるように大声を上げ、手を空へと向けた。


 その瞬間――


「やめろ!!」


 奥の角から何かが飛び出してきた。それは低い体勢のまま突進。あっという間にヘルト達へと迫る。


「アイシャ」

「はい」


 イリスの指示と共にアイシャが腰に差していた曲刀――アルヒラールを抜刀。


 突進してきたそれが両手に握る短刀とぶつかり合い――火花が散る。


「っ!! ジプセンか!?」

「そっちは……なるほど、


 ぶつかった衝撃で、お互いのフードが外れ、アイシャとその相手の顔が露わになっていた。


「まさか、私の魔眼を見破るとはな! なぜあの高さの鷹が見えた!?」

「魔眼があるのはこちらも同じです」


 魔眼を持つ者同士が激しくぶつかり合う。


 両者ともに両手に武器を装備しており、片やアイシャは幅広の曲刀。そして獣人――グルザンのウィーリャは短い牙のような質感の短刀。


 リーチは差はあるが、それをウィーリャは速度で補っていた。獣人特有の全身をバネにした挙動に、アイシャはジプセン特有の足さばきで対応していく。


「互角だな」


 もはや観戦しているヘルトが二人の動きを見て、そう呟いた。


「そうかしら? アイシャはまだ本気を出していないわ」

「それは、向こうも一緒だ――ほら、勝負が動くぞ」


 ヘルトの言葉と同時に、ウィーリャがまるで地を這うかのような姿勢になり、アイシャの横薙ぎを回避。そのまま地面を蹴って加速。


 下から掬い上げるような一撃がアイシャに迫る。


「まだまだです!」


 だがアイシャもその攻撃を身体を後ろに反らしながら躱し、まるでサマーソルトのようにカウンター気味に蹴りを放ちつつ後退。

 

 アイシャの靴――砂漠でも歩きやすくされている物――には刃物が仕込まれており、鋭い斬閃がウィーリャを襲う。


「足を使えるのはお前だけじゃない!」


 硬い脚甲を装備していたウィーリャが、その蹴りを足で防御する。


 二人が距離を置いて対峙し、再び激突すべく、動こうとした瞬間。


「そんなもんで良いだろ――はい、やめやめ」


 ヘルトが間に入る、パチパチとこれで終わりとばかりの手を叩いた。


「どいてくださいヘルトさん」

「勝負の邪魔をするな魔術師!」


 双方から尋常ではない殺気を向けられてなお、ヘルトはため息をつくだけだった。


「熱くなりすぎだ。今、ここで争うことに利はない。そうだろ? グルザンの使いよ」

「……なぜそれを」


 ウィーリャが警戒しながらも、短刀を下ろした。それに合わせてアイシャも曲刀を鞘に戻す。


「このタイミングで獣人が接触してきたら馬鹿でも分かる。さて、どうするイリス。エルフ・ヘヴンでのネズミもおそらくこいつの魔眼の仕業だ。なんだっけな……確か【獣借眼】だっけか? 獣を操り、その視界を一時的に借りる事が出来る力だったはずだ。あとは読唇術で、ある程度の会話も把握できる」

 

 ヘルトの推論に、ウィーリャは答えない。それはつまり、認めているのとほぼ同義だった。


「それで、貴女は誰? 私は言わなくても……分かるわよね」


 イリスがそう言って、ウィーリャへと一歩近付いた。


「あたしはウィーリャ。グルザンの王、メルドラスの命でお前を監視せよと言われていた。ずっと監視していたけど、借り物ではなくこの目で確かめたいと思っていたから、倉庫で待ち伏せていたんだ。だけど、絶対にバレないと思っていたあたしの大切な鷹を見付けられてしまったから……直接刃を交えることにした。でも、大体お前達のことは分かった。強いということも……油断ならないということも」


 ウィーリャがまくし立てると、短刀を仕舞った。


 しかし、まさかメルドラス直々の部下が来るとは想定外だ――とヘルトは考えていた。しかも魔眼持ちときている、おそらくグルザンの獣人の中でもかなり高い地位にいる者だと予想がつく。


 これは、思った以上にグルザンもこちらの動向に本気なのかもしれない。


「それで、テストは合格かしら?」


 同じことを察したイリスがそう聞くと、ウィーリャは真面目そうな顔で言葉を返した。


「……保留だ。だけど、少なくとも今は敵対する必要はないと判断する」

「そう、良かった。じゃあ、貴女も一緒に来る? 


 まるでパーティに誘うかのような気軽さで、イリスはとんでもない言葉を、曲がりなりにも国の使者に対して放ったのだった。

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