第16話:剥奪された肩書き(ミルトン視点)
イングレッサ王国――王城、王杖の間。
「み、ミルトン! ど、どうする気だ! 話が違うじゃないか!!」
玉座に座る愚鈍そうな青年――イングレッサ王が唾をまき散らしながら、かしずくミルトンに怒声を浴びせた。
「……王。どうか、冷静なご判断を」
「へ?」
「確かに、忌々しくも勝手に独立なぞという世迷い言を吐いたイリス王女は目下捜索中です。ですが、所詮は籠の中の小鳥。すぐにでも、イングレッサ本軍を動かして、かの城壁を突破いたします」
そんな気はまるでないミルトンだが、この愚かな王を騙すのは容易い。
「ま、魔導機関はどうする! 長であるへ、ヘンリックを失った上に、兵器を取られて大損失だって!」
ちっ、誰だそこまでこの王に教えたのは。心の中で舌打ちをするもミルトンは笑顔を貼り付けたままだ。
「……魔導機関はヘルトによって既に弱体化させられていたのですよ。これも全て奴の策略。すぐに解体し、私自ら研究機関を立ち上げます。王の許可があればすぐにでも……」
「か、金ならないぞ! お、お前が散々使ったじゃないか!」
「ないなら――産み出せば良いのですよ。我らが領土の四方には丁度良いカモがいるではありませんか」
「ま、また戦争か? ぼ、僕は戦争は嫌だ……」
イングレッサ王は、〝円卓〟で遠目に見たイリス王女に一目ぼれしていた。そしてイングレッサに嫁いで来いと一方的に言った結果、にべもなく断れたことに腹を立て、戦争を吹っかけ、ついにリーフレイア森林国を滅ぼした。
そんな奴がどの口で戦争が嫌とか言うんだ、とミルトンは思うも勿論口にしない。
そもそもそれもミルトンが唆さなければ、起こらなかったことだ。
「戦争はいたしませんよ。多少の武力は必要でしょうが。所詮奴らは全員三流国家。ちょっと脅せばすぐに領土と資源を差し出しますよ。そうやって我が国は手に入れてきたではないですか」
「だ、だけど、次の〝円卓〟では僕が怒られるって……」
「……弱者が群れても弱者でしかありません。王は堂々と奴らの主張を否定すればいい。あとは全て私が上手くやりますよ」
ミルトンの言葉に、イングレッサ王は安堵の表情を浮かべるも、首を横に降った。
「だ、だめだ。マリアに、〝円卓〟にはミルトンを連れていくなと言われてるから」
「……王は、私よりマリアを尊重されるのですか」
ミルトンが極寒のような視線と声をイングレッサ王へと向けた。
「ち、違う! でも、ミルトンにはイリス王女を捕まえることに専念してほしいんだ! そ、それに魔導機関のこともあるから! だから――」
「王、もう一度聞きますが……私をラグナスへと連れていかないと。そう仰るのですね」
「そ、そうだ! 僕は王だぞ! 僕は知っているんだ! お前が貴族達を買収して僕を王じゃなくしようとしているのを! いつも、お前が喋ってばかりだ! ぼ、僕は僕の言葉で、王になる! だから――お前から宮廷魔術師の肩書きを、は、剥奪する! 代わりの人間はマリアが決めてくれるから、お前はいらない!」
そう叫んだイングレッサ王の顔を見て、ミルトンは舌打ちをした。何を吹き込まれた? 何を今さら王の自覚なぞを意識している!
「王! 考え直してください! 私がいればこそのイングレッサではありませんか!」
腸が煮えくりかえるのを必死に顔に出すまいとミルトンが耐えた。
「出て行け! 僕の城から!」
その言葉を聞いた時に、ミルトンの顔から表情が消えた。
「ああ……そうですか。分かりました。では、失礼します」
そうしてミルトンは退室した。
廊下を歩くミルトンはもはや、計画が何もかも上手くいっていないことに、いい加減嫌気が差してきた。
愚王を隠れ蓑にこの国を我が物にすることも、馬鹿な貴族共を口車に乗せてクーデターを企てることも全て――無に帰した。この十年間の努力が全て水の泡だ。
「愚かな……操り人形であればこそ利用価値があるというのに……くそ……どこで間違えた! 何がいけなかった!」
思い当たることは一つしかない。
「ヘルト……アイゼンハイム!! あいつのせいだ! くそ! くそ! だがまあいい! イリス王女と一緒にいるというのなら、一緒に潰してやる!! 戦争だ。
こうして、ミルトンは宮廷から姿を消した。
結果として――ここが彼にとって最後の変換点だった。もし心を入れ替えて、イングレッサ王に忠義を尽くしていれば……あるいは免れたかもしれない。
だけど彼はどこまでも愚かであり、そしてその肥大化した自尊心は――彼を破滅へと導いていくのだった。
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