第13話:二人だけの作戦会議


 エルヘイム首都レムレス――【ウォールオブイリス】


 綺麗な三日月が浮かぶ夜に、城壁の上にいたのはヘルトだった。城壁の端に腰掛けた彼が口から煙草の煙を吐いた。


 どこからかフクロウの鳴く声が聞こえる以外は無音だった。


「あんた、ほんとここが好きね。馬鹿となんちゃらは高いところが好きって言うけども」

「馬鹿と天才は紙一重だからな」


 蛍のような煙草の明かりを見付けてやってきたのは、少しだけ疲れた顔をしたイリスだった。


 夜風でその水色の髪をなびかせながら、イリスがヘルトの隣に座った。


「しかし、国を作るのって大変なのね……もう、やること多過ぎて何から手を付けていいやら」

「ま、基礎の部分はリーフレイアの物をそのまま流用するにしても……やはり人材が圧倒的に足りない」


 現在レムレスには、かつて自治区にいた老人達や、病気を患っているエルフの男達しかいなかった。首都とは名ばかりの、下手な人村よりも過疎っている状態だ。


 エルフは元々、女系社会を形成しており、国の重要な役割は全て女性が担っていた。ゆえに、女性の殆どが捕虜としてイングレッサに連れて行かれた今、この国は致命的なほどの人材不足に陥っていた。


 なんとか元々レフレス自治区のまとめ役であったリーフレイア森林国の元執政官の女性が、宰相を務めてくれるようになったのだが、めぼしい人材は正直それぐらいだった。


「とにかく、このままだと婆さん達が内政をやるとか言い出しかねないぞ」


 眉間に皺を寄せるヘルトを見て、イリスが笑った。


「ふふふ……案外良いアイディアかも」

「ダメだろ。イングレッサを焼き払え~しか言わないんだから」

「気持ちは分かるけどね。でも私達の目的は侵略ではないからね」

「〝土地と王はあれど、民なければ国に非ず〟だな。まずは人材発掘と育成だ」


 ヘルトの言葉にイリスが反応した。


「――慈愛王ヒレイヤの言葉ね。良い言葉だわ」

「略奪の言い訳にしか俺には聞こえないがな。奴はそうやって五百年前に、膨大な数の種族や士族を結束させて、この大陸を征服しかけた。どこが慈愛なのか、いつか聞いてみたいもんだ」

「彼が悪なのか善なのか……後世に生きる私達にはきっと永遠に分からないでしょうね」

「俺らだってどうなるやら。なんせ生前の俺なんて虐殺者扱いだぜ? やれやれだよ」

「あんたは仕方ないわね」

「そこはーーそんなことないわよ! ぐらい言ってくれよ」

「嫌よ、そんなの」


 イリスがそう言って、立ち上がった。ふわりとスカートの裾が広がる。


「あれから、イングレッサに動きはないわね」

「ない方がいい。エメスの調整もまだだしな」

「そのまま……使うわけにはいかないしね」


 ヘルトが、先の戦いで鹵獲した自律式戦術魔蒸人形――エメス。その六機をイリスは喜んで警備兵として使おうと言いだしたのだが、ヘルトは首を横に振った。


 なぜなら――その中身に問題があったからだ。


「ああいう類いの人形は、コアの性能が最も重要なんだ。人間で言えば頭脳だな。コアの性能次第で全体の能力が決まる。だからこそ俺は、俺の術式に耐えうるコアがないと判断して研究自体を放棄したんだが……」


 それをヘンリックが復活させ、ヘルトすら投げ出したコアの問題を、曲がりなりにも解決した。


 それこそが、ヘルトがヘンリックを褒めたたえた唯一の点だった。


「まさか……使。流石にそのまま使うのは、気持ち的にも無理よ」


 コアは、人形の頭脳に相当する場所なのだ。であれば――人の脳みそを使えばいい。それはとてもシンプルな考えであり、かつ極めて非人道的であった。


 ヘルトですら、手を出さない禁忌。


「しかもコアにしようと思うと、脳みそに予め処置をしないといけないからな。生きながら脳にあれこれブッ刺されるのはさぞかし辛かったに違いない。それに使われていた死体は全部……」


 エメスの中に入っていたのは全て――魔力と相性が良い


「もう作った奴は死んじゃったから、どうしようもないけど……絶対に許せない。そしてこれからもそういうことが行われるかもしれないと思うと……やるせないわ」

「そうだな。やっぱり、あれを始めるしかない。エメスの調整するにも資源が足りないしな」


 ヘルトが立ち上がって、北東を見つめた。


 その視線のずっと先には――険しい山々と火山が支配する獣人の国、【岩国グルザン】があった。


「エルフ達が強制労働させられているミスリル鉱山の襲撃、でしょ。元々はグルザンが所有していた鉱山をイングレッサが武力で無理やり占拠。現在は強制収容所として機能していて、多数のエルフ達が労働者として囚われている」


 それは、人間であるアイシャがイングレッサ近辺に潜伏して集めてきた情報だ。ヘルトも知っている内部情報と合わせて、その情報精度はかなり高い。


「もうすぐ各国の代表が集まる国際会議――〝円卓〟がある。それまでに……エルヘイムを国として形にしておきたいし、手回しもしないとな。であれば、非人間国であるグルザンは丁度良い交渉相手だ。奪還した鉱山を手土産に、外交をする」

「そんなに上手くいくかしら?」

「やるしかないさ。ここの防衛は【鉄の鳥籠アイアン・ケージ】があれば十分だし、万が一に備えて、あれこれ仕掛けてある。しばらくはイングレッサに動きはないだろうし、宰相に任せておいて問題ないだろう。何かあれば魔力通信機で連絡も取れる」


 とにかく、エルヘイムの君主であるイリスが動かないと、何も出来ないのがもどかしいと感じるヘルトだった。


「であれば行くしかないわね――グルザン領……キエルケ山脈へ」


 こうしてヘルトとイリスは、奪われたエルフの民を取り返すために――旅に出るのだった。


 しかし、その行動を遠くから監視している存在がいた。


「やはりあの赤髪……ヘルト・アイゼンハイムに間違いない。さて、どう動く?」


 暗闇の中、その碧眼だけが怪しく輝いていた。

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