第12話:世界は動く(各国視点)
イングレッサ王国――王城、白翼の間。
「あはは……あははははははは!!」
魔力通信機の前で立ち尽くすミルトンが乾いた笑いを上げた。もはや、笑いしか出なかった。
「……さて、私はこれで退室させてもらおう。来月開催される〝円卓〟の準備もあるからな。お前はどうする? 無理して来なくても良いんだぞ、ミルトン? それどころではなさそうだからな」
マリアがそう言って優雅に笑うと、席を立った。
「――待て。待て! マリア・アズイール!! ぜ、全軍をレフレス自治区へ向かわせる! ありえない……こんなことを許してはならない! 我がイングレッサの栄光が!!」
ミルトンが叫ぶを呆れた様子で見ていた、マリアだが――
「
その言葉に、目を細めると同時に抜刀。軽く反りが入った片刃の杖剣がピタリとミルトンの喉元に突きつけられた。
「言葉には気を付けろよ、ミルトン。お前が王の言葉を騙るのは自由だが――このイングレッサは決して貴様の物ではないことを決して忘れるな」
「ア……いや……」
「――失礼する。この件については私から王に説明させていただこう。レフレスの件、
剣を収めるとマリアはそれだけを告げ、退室した。
「なぜだ……なぜだ……なぜ死んでなお私の前を阻む……ヘルト・アイゼンハイム!!」
ミルトンの慟哭が響いた。
☆☆☆
イングレッサ王国、西方。
パリサルス光印国、ヴァルハタル宮――〝双玉の座〟
「くすくすくす……ねえ聞いたルーナお姉様? エルフが反乱したんだって」
「くすくすくす……知っているよシャイナ。エルフが国を作ったんだって」
二つの玉座にそれぞれ座っていたのは、見た目が瓜二つの双子の少女だった。いっそ病的なほどに白い肌、雪色の髪。だが血のように赤い瞳だけが爛々と輝き、色彩を訴えていた。
「どうなるかな、ルーナお姉様? イングレッサに潰されちゃうかな?」
「どうなるでしょう、シャイナ。でも、もしエルフが独立したら――
双子から膨大な量の魔力が溢れ、玉座の間を満たしていく。そのあまりの魔力量に、側仕え達が次々と泡を吹き倒れていく。
「取り返そうよルーナお姉様。私達の聖地を」
「取り返しましょシャイナ。私達の叡智を」
二人の魔力と声が重ねっていく。
「「
☆☆☆
イングレッサ王国、南方。
レーン・ドゥ共和国――〝元竜院〟
執政室の中にあるデスクに座り、黙々と執務をこなす男の隣で、軽薄そうな雰囲気を纏った青年がそのデスクに腰掛けながら笑う。
「かはは……傑作だな。エルフの反乱に、新国家樹立か。これは噂程度だが……例の魔術師が寝返ったとか。これをどう見る、ケイル」
青年が手に持つ紙を魔術で燃やし、灰一つ残さず消滅させた。
しかしその雰囲気とは裏腹に、青年が纏うその仕立ての良い服の襟には、この国の国家元首たる証である大統領を示すバッジが静かに輝いている。
「外交は貴様の仕事だろうが、ティリオ。ワインを飲み過ぎたのか?」
ケイルと呼ばれた男が、視線を書類から上げもせず答えた。しかしその耳と思考はきっちりと、若くしてこの国の大統領となったティリオの言葉に傾けていた。
「〝ワインは我が血、我が肉〟ってな。我らレーン・ドゥの民がワインに狂うことはあっても、酔うことはない。だがな、こうなるとお前の領分も関わってくるぜ、首相様?」
ティリアのからかうような言葉に、この国の内政のトップである首相――ケイルが筆を止めた。
「……ファス山脈か」
「その通り。ワインの味も分からねえ魔法馬鹿から、我らが魂を取り返すチャンスだ」
「あの軍は厄介なのはお前が一番良く知っているだろ」
「だが……もしかの大魔導師がエルフ側についたのなら――残る脅威は、あの麗しき女騎士ぐらいだ。ふ、魔術なきイングリッシュなぞ――チーズでしかない」
ティリアがそう言って、テーブルの上の皿に置いてあったケイルの夜食用のチーズを摘まみ、窓の向こうに浮かぶ、三日月へとかざした。
「さて、どうするイングレッサ? とろとろしてると――
☆☆☆
イングレッサ王国、北方。
岩国グルザン――〝赤熱の頂き〟
「その話は確かか? ウィーリャ」
黒鉄の玉座に座って、低く轟くような声を発したのは、分厚い肉体に鋼の鎧を纏った一人の竜人だった。
「はい、メルドラス様。複数筋から確認しました。まず間違いないかと」
その前で、頭を伏せている女――頭部には犬耳が揺れている――がはっきりとそう断言した。狼の獣人であるウィーリャの背後にはふさふさの尻尾が揺れている。
「そうか。ふむ……面白くなってきたな」
「……どういたしましょうか」
「エルフの国は次にどう出ると思う?」
愉快そうに笑う竜人――この獣人の国の王であるメルドラスが試すような問いをウィリャへと投げた。
「土地と王があれど、民がいなければ、それは国に非ず。間違いなく、捕虜となったエルフ達の奪還を行うでしょう」
「うむうむ。そうなると、どう動く?」
「強制収容所の襲撃、かと」
「どの収容所だ?」
「……資源なき国が求めるのはいつだって――
ウィーリャが確信を持ってそう答えた。
「その通り。流石は次期獣主だ。であれば、我が国がどう動けば良いか分かるな?」
「彼らの襲撃に便乗し、ミスリル鉱山を奪還することかと。なるほど……それであたしに情報を集めさせたのですね」
ウィーリャが顔を上げた。その緑色の瞳をメルドラスはまっすぐに見つめ、こう命を下したのだった。
「いけ、ウィーリャよ。その魔眼で、かの国を見てくるが良い。我らと肩を並べるに足るか、それとも……」
メルドラスが顎を撫でながら、今後の世界の動きについて思考する。
既に、その場にウィーリャの姿はなかった。
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