第11話:第一次レフレス防衛戦終結


 イングレッサ側陣地。


「やったか!?」


 その様子を見ていたヘンリックが思わず声を上げた。


「分かりませんが、その直前の魔術は何でしょうか……?」

「私には傀儡系魔術の術式に見えましたが」

「ふむ、となると考えられるのは――」


 魔導機関の研究員達が、ヘンリックをそっちのけで議論しはじめたのを見て、ヘンリックが唇を噛んだ。


 いつもそうだ。


 自分が何かを上手くやっても、いつもアイツがそれを上回り、そして賞賛と注目を得るのだ。それが、何より悔しかった。


 その嫉妬はやがて憎しみになり、ヘンリックの心を蝕んだ。こいつさえ……ヘルト・アイゼンハイムさえいなければ……自分が評価されるのに!


 その心の隙を――ミルトンに突かれたヘンリックは、まんまとヘルトがまだ研究段階だった、対魔術師用アンチ・メイジの魔術の術式を盗み出し、ミルトンへと提供したのだった。


 結果ヘルトは死に、自分は魔導機関のトップになれた。幸い、研究員達は研究さえ出来ればトップは誰でもいいようで、問題はなかった……はずだった。


 だが結局研究員達は、ヘルトに向けていた尊敬と畏怖の眼差しを自分に向けることはなかった。


「ははは……だがこれで僕の方が優秀だと証明されたな!!」


 あの魔術師が誰かは分からない。だが、勝ったのは自分だ。


 そう思い込んでいた、ヘンリックの幻想が――粉々に砕かれた。


「へ、ヘンリック様!! エメスが!!」


 部下のその言葉で、ヘンリックが爆心地へと目を向けると――そこには、エメスが隊列を組んで防御姿勢を行っていた。


 それはまるで誰かを護るかのような隊列であり、そして実際にその中心地には――赤髪の魔術師が傷一つなく立っていた。


「なんで……なんでだよ!!」


 ヘンリックの叫びも虚しく、エメス達がまるで王を崇めるかのように膝をつき、頭をその魔術師へと垂れた。


「操作はどうなっている!?」


 ヘンリックが喚き散らすが、それに一人の研究員が冷静に答えたのだった。


「残念ながら――操作系統を奪われてしまったようだ。やはりセキュリティに穴があったか」

「ヘルト師が廃棄したのには意味があったようですね」

「ですが、先ほどの規模と繊細な魔術を使えるのは、ヘルト師ぐらいでは?」

「確かに」


 研究員達は再びヘンリックを無視して冷静に分析をはじめた。


「お、お前ら!! 何をやっている!! 早く取り返せ!」

「そう言われましても……もはや――?」


 その研究員の言葉と同時に、悲鳴と怒号が上がる。


 イングレッサ側の陣地が――エメスによって蹂躙されていた。


「に、にげろ!!」

「くそ!! 【マジックバレット】が効かねえ!!」

「ふ、噴進爆――ぎゃあああ」


 魔杖兵達がなぎ倒されていく。【噴進爆破】専門に訓練された彼らにそもそも対抗手段はほとんどなかった。


「あああ……なぜだ……なぜこうなった……」


 地面に膝をつき、絶望するヘンリックの前に――轟音と地響きと共にエメスがやってきた。


 そのエメスの上から、ヘンリックが今一番聞きたくなかった声が降ってくる。


「――なぜかって? 何度も俺は言ったよな? 人の術式を真似てばかりじゃつまらねえって」

「ああ……やっぱりあんたは……」


 エメスの肩に立っていた赤髪の魔術師――ヘルトがヘンリックを憐れみの籠もった視線を向けた。


「ヘンリック。お前の敗因はただ一つだ。俺の術式を使って――


 エメスを構成する術式は全てヘルトが理論構築したものだった。だからこそ魔力さえあれば、その操作系統を乗っ取るのは、ヘルトにとっては雑作もないことだった。


 どんなに丈夫な扉を作って、厳重に鍵をかけようと――その扉と鍵を作った者に対して、それは無力なのだ。


 少しでも――ヘンリックが己で構築した理論を組み込み、操作系統の乗っ取りに対する対抗策を組んでいれば……こうはならなかったかもしれない。


「ヘルト……ヘルト・アイゼンハイム!! なぜ生きている!! お前が! お前さえいなければ僕が!!」


 歯を剥き出しにしたヘンリックにしかし、ヘルトは答えなかった。


「撤退しろ、ヘンリック。ノリノリで絶滅させろ、なんて言わせちまったけど……あいつには血みどろの覇道を歩ませたくないんだ。せめて……救える命は救いたい」

「……ははっ。そうか……そうだよな……やっぱりヘルト師は死んだ。ヘルト師はそんな生温いことは言わない!!」


 そう叫ぶつつヘンリックが杖を向け、【マジックバレット】の魔術を放つ。


「……馬鹿野郎が」


 悔しそうなヘルトの声と共に――反射された魔弾がヘンリックの眉間を貫いた。


『……終わったわね』


 イリスの複雑な感情のこもった声に、ヘルトが同意する。


「ああ。だが、まだ一つだけすることがある」


 その目の先には――無傷なままの魔力通信機があった。


 ヘルトはそれを掴むと、通信機を起動させた。


『……ヘンリックですね? イリス王女は捕まえましたか?』


 その声を聞いた途端――ヘルトの感情が一気に溢れた。


 ヘルトは通信機を叩き壊したい衝動を何とか抑え、低い声を出した。


「お前は……お前だけは……!!」

『誰ですか? ヘンリックは? ヘンリックはどうしました!?』

「……ヘンリックなら死んだ。部隊も壊滅だ。だから、これ以上こちらに手を出すな。良いな? これは警告だ、もし、それでも牙を剥くと言うのなら――全力で対抗する」

『まさか、その声……貴様はヘル――』


 その言葉を最後まで聞かず、ヘルトが魔力を込め通信機を破壊した。


「警告はしたぞ――ミルトン」


 ヘルトが空を見上げた。


 人が死に、恨みが募ろうと――空はどこまでも青かった。



 こうして第一次レフレス防衛戦は完膚なきまでに、イリスの樹立した新国家――エルヘイムが勝利したのだった。


 そしてその事実は、イングレッサ国内のみならず――周辺国にまで知れ渡った。


 世界は――激動の時代を迎えることになる。

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