第9話:エメス


 イングレッサ側陣地――指揮所


「なぜだ……どういうことだ……ありえない……ありえない……レフレス自治区の魔杖隊が寝返ったのか? いやそれでもあれだけの数の【噴進爆破】を放てるほどの兵員はあそこにいなかったはずだ。ではどうやって? まさかエルフが自ら開発した? それこそありえない!!」


 ヘンリックが頭を掻きむしりながら、指揮所の簡易テーブルを叩いた。必殺であったはずの【噴進爆破】が全て防がれるなんて考えたこともなかったせいで、その思考は混乱していた。


「ヘンリック様、どういたしましょう? もう一度撃ちますか?」


 部下の言葉に、ヘンリックが唾を吐きながら叫ぶ。


「もう一度……もう一度だ! そして【エメス】の起動準備を急がせろ!」

「ヘンリック様……その、【エメス】はまだ未調整な部分が多く……いきなりの実戦は……」


 隣にいた、魔導機関の研究員が恐る恐るそう進言するが、ヘンリックは持っていた杖を彼へと払った。


「ぎゃっ!」

「僕に指図するな!! 僕が起動させると言ったらさせるんだ! くそ!! こんなところをミルトンに知られたら……」


 その言葉に呼応するように、先ほどの大爆発で一時的に途絶えていた魔力通信機が復活した。


『ヘンリック。さあ、聞かせてください。クソエルフ共はどうなりましたか? 阿鼻叫喚を生みましたか? 地獄のの蓋は開きましたか?』


 ミルトンのその言葉に、ヘンリックは思わず嘘をついてしまった。


「も、問題ないですよ……これより【エメス】の起動実験も兼ねて、掃討作戦を開始しますので……また終わり次第連絡しますよ」

『くくく……素晴らしいですねヘンリック。それと、イリス王女の捕縛をお忘れなきように……良いですか? 生きたままを王は望んでおられますからね』

「わ、分かっていますよ! それでは!』


 無理やり魔力通信機を切ったヘンリックを、部下達が心配そうに見つめていた。


「な、なんだその目は!! 早く準備に取りかかれ!」

「あの……それが……」

「なんだ!?」

「城壁側から一人の男が、なぜか単騎でこちらへと向かって来ているのですが……どうしましょ? 降伏を伝える使者かもしれません」


 ヘンリックがその言葉を聞いて指揮所を飛び出すと、視力強化の魔術を掛けた。


 そして目の当たりにしてしまった。


 煙草を吸いながら、まるで散歩でもしているかのように悠々とこちらに歩いてくる赤髪の魔術師を。


「う……そだ。嘘だ嘘だ嘘だ有り得ない!! なんであいつがいる! 死んだはずだろ!!」

「ヘンリック様、あの人……いえあの御方は……」


 部下の言葉にヘンリックが首を振って否定した。


「あいつは死んだ!! あれは幻影だ! まやかしだ!! あ、あれに! 【噴進爆破】を放て!!」

「は!? もし降伏を告げる使者であれば、それは重大な戦時法違反で――ぎゃっ!」


 ヘンリックの杖から発射された魔力弾が部下の足を貫通。部下が呻き声を上げながら地面へと倒れた。


「何度も言わすなよ……僕がやれと言ったらやるんだ!! 【噴進爆破】を魔力探知に変更しろ! 目標はあの男だ! 放て!!」


 ヘンリックの子供のような号令と共に、再び【噴進爆破】が発射されたのだった。


 彼は願っていた。どうか、この悪夢よ早く醒めてくれと。



☆☆☆



「おいおい……俺が使者だったらどうする気だよ」


 高速で空から迫り来る飛翔体を見て、ヘルトが苦笑した。もしかしたら撃ってくるかもしれないな、と思ってはいたが、やはり、まさか本当に撃つとは……という思いの方が強かった。


 先ほどとは違い、今度の飛翔体は先端が怪しく光ると同時に――ピンッ! という甲高く鋭い音を発した。それは全ての飛翔体から発せられ、まるで鳥の大群が一斉にさえずっているかのようだった。


「はん、ご丁寧に魔力探知使ってやがる」


 それは、魔力波を周囲に放ち魔力の反応があった方向へと向かうという、誘導魔術の一種であり、人間一人に使うにはあまりに大袈裟なものだった。


「さて、間違って城壁の上のお姫様に飛んでったら怒鳴られそうだから――ほれ、ここにいるぞ」


 ヘルトがそう言うと同時に、魔力を全身から解放。そのあまりの魔力量に周囲の大地が削れ、風が渦巻いた。


 そしてそれほどの魔力を感知をした飛翔体は、我先にとばかりに――ヘルトへと殺到する。


「ただ跳ね返すのもつまらねえな。ちと、試してみるか――【魔術解体ディゾルブ・マジック】 」


 殺到する飛翔体へとヘルトが右手を向けると、その手から不可視の波動が放った。


 それは簡単にいえば、組み上がっている魔術に対する干渉であり、緻密な式の上に成り立っている魔術の中に綻びを作る魔術だった。


 それは、その魔術が高度で複雑であればあるほど、効力を増す。


 ゆえに――ヘルトのいっそ芸術的とも言える繊細かつ大胆な魔術式の組み方をしている【噴進爆破】は、その魔術にとっては良い餌だった。


 飛翔体は空中で分解されていき――無音で消滅。


「やっぱり、魔術式を一つも弄っちゃいねえな。おかげで簡単に解体できたが」


 ヘルトが再び歩み始めた。


「さて、次は何をしてくる? さあ、俺を楽しませてくれ。俺の知らない何かを……未知を見せてくれ」


 そのヘルトの願いは、すぐに叶えられた。


「ん? おや、あれは……」


 ヘルトが目を凝らすと、敵陣から、何やら巨大な鈍色の物体が次々と飛び出てきた。


 それは、三メートルを越えるほどの大きさの――全身鎧だった。右手には巨大な剣を持っており、左手には歩杖兵用の対人魔術である【マジックバレット】専用の杖が二本、まるで砲身のように装着されている。


 ヘルムのバイザーから覗くのは無機質に赤く光る、魔水晶のレンズ。


 それらの鎧のサイドには、竜言語と呼ばれる魔術専用の言語でこう書かれていた。


 〝我はエメス――世界の真理なり〟、と。


「おいおい、まさか……!? 完成させたのかあいつ!! あははは!! 凄えじゃねえか!」


 ヘルトは狂気の笑みを浮かべると、両手を掲げた。


「ようやく、楽しくなりそうだ! さあ見せてくれ、お前の合理と効率の神髄を!!」


 ヘンリックが開発した魔蒸兵団【エメス】と……英雄魔術師が――激突する。

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