第8話:鉄の鳥籠


 レフレス城壁前――イングレッサ側陣地。


「噴進爆破――放て!!」


 魔導機関の長であり、今回派兵された魔杖隊及び魔導機関最新の部隊である魔蒸兵団の指揮官であるヘンリックの号令と共に、陣形を組んだ魔杖隊が斜め上に構えた杖から魔術を発動。


 杖の先端に魔法陣が浮かび上がり、魔力波を放ちながら、先端がドーム状になった円筒状の物体が射出される。小さな三角状の安定翼と呼ばれるものが円筒の左右についたそれは魔力を噴射しながら、轟音と共に空へと向かって飛翔していった。


 それこそがヘルトが理論構築し、全ての攻撃魔術を過去へと追いやった軍用魔術――【噴進爆破】だった。魔力で生成した筒に、爆発と爆炎を巻き起こす魔術を組み込み、更に最新の航空魔術と誘導魔術を盛り込むことで、一度撃てば、半自動的に敵地へと向かって飛来、爆撃するというとんでもない魔術だった。


 イングレッサ軍はそれによって、先の戦争では一方的にリーフレイア軍を蹂躙し、勝利を得た。


 この時代――人は空からの攻撃にあまりに無力だったのだ。


「【エメス】の出る幕もない」


 ヘンリックがその光景を見て、嗜虐的な笑みを浮かべた。


 何十と放たれたその飛翔体は、白い魔力痕の尾を引きながら上空へと辿り着くと、まるで蛇の鎌首のようにその進路を上方向から水平へと変えた。


 もはやその高度は城壁を軽く越えており、城壁の内側まで辿り着くのも時間の問題だった。


「ふはははは!! 今度こそ燃え尽きろ!!」


 勝ちを確信したヘンリックの笑い声が指揮所に響いた。


☆☆☆


「ああ……あれは……」


 城壁の上。


 アイシャが絶望したような表情で、迫り来る小さな悪魔の群れを見つめた。鈍色に光るそれは、着弾すると爆発、周囲を爆炎に巻き込み、生物はもとより無機物すらも無残に破壊することを、アイシャは良く知っていた。


「……盛大に撃ちやがったわね。さっさとあんたの対抗魔術カウンターマジックとやらで跳ね返しなさいよ。見てるだけで怖気が走るわ」


 イリスが、隣で腕を組みながら飛翔体の群れを見つめていたヘルトへと防御を促すが……


「ん? それは無理だぞ。対抗魔術は俺の周囲数メートルに来た魔術に対してしか発動しないからな。上を通り過ぎられたら、どうしようもない」

「は? ちょ、ちょ、ちょっとそれどうすんのよ!! 盛大に人の魔力を使って城壁立てたくせに意味ないじゃない!!」


 急に慌てふためくイリスがヘルトに掴みかかるが、ヘルトはウザそうにそれを手で払った。


「お前は、何の為に昨日今日とレムレス中を駆けずり回ってたんだよ」

「ふえ?」

「くくく……この俺様が、まさか自分で作った魔術に対して、〝ぴえん、打つ手がないよおお〟なんて泣き言を言うとでも思ったか?」

「思わないわね、あとその声真似、もし私のつもりだったら殴る」

「全く思いませんし、その裏声は気持ち悪いです」


 二人の少女の辛辣な言葉にヘルトは苦笑すると、予めレムレス中に張り巡らせておいた魔力網を使って、各所に設置した無人杖ゴースト・スタッフとそれを起動させる装置へと魔力を流し込んだ。


「いつまでも自分達が優位に立てていると思うなよ、三下共が。一度手の内を見せた魔術が次も通用するなんて甘い考え、俺が駆逐してやる」

「……うちの国は散々やられたけども」


 イリスが頬を膨らませて拗ねたフリをするが、ヘルトは肩をすくめると煙草を生成し魔術で火を付けた。


「ま、おかげで奴らは何の改良もせずに撃ってくれたからいいさ。さてでは見せてやろう、英雄様の魔術をな――【鉄の鳥籠アイアン・ケージ】、起動」


 ヘルトは紫煙を揺らしながら、獰猛な笑顔と共に両手を広げた瞬間――轟音。


「なななな、なに!?」


 イリスが思わず振り向くと、無数の何かがレムレス各所から撃ち出されていた。それはこちらへと迫る【噴進爆破】より小型ではあるが、見た目は全く同じ物だ。


「空中から来るなら……撃ち落とせば良いだけだ。同じ魔術でな」


 ヘルトの言葉と共に、レムレスから放たれた飛翔体の群れがあっという間に上空へと辿り着くと、まるで意思を持っているかのように、迫り来る【噴進爆破】へと突撃。


 結果――上空で大爆発が起こった。


 黒い煙がもうもうと上空に立ちこめるが、魔杖隊が放った【噴進爆破】は結局一本たりとも城壁の上を突破することはなかった。


「これが、あの魔術に対する拠点防御の答えの一つだよ。設定範囲内に侵入してくる物全てに対し、飛翔体による迎撃を行うことを可能とした――【鉄の鳥籠アイアン・ケージ】」

「信じられない……」


 イリスは絶句する他なかった。

 そもそも、いくら魔力が無限にあるとはいえ、あれだけの数の魔術を多重起動するのは常人には不可能だ。何千という魔術式を脳内で組み立てないと間に合わない上に、そもそもあの魔術自体が杖の補助がないと使えないほど、複雑かつ高度な魔術なのだ。


 だからイングレッサ軍も、それ専用に訓練された兵士が、それ専用に調整された杖を使ってやっと、一人が一発撃てるのである。


 それを、いとも簡単に杖の補助無しで多重起動させるなんて……。イリスはこの男が味方側で良かったと心底思ったのだった。


 そして同時に――敵軍に同情した。


 おそらくここから始まるのは――いつか見た、一方的な虐殺だ。


「さて……俺の小鳥ちゃんに手を出した報い、受けさせないとな。さあ、命令だマスター。奴らを蹂躙する命令を、奴らを肉の一片すらも残さず駆逐するオーダーを――


 ヘルトがそう言って、城壁の端に足を掛けた。


「英雄魔術師ヘルト・アイゼンハイムに命ず――イングレッサ軍を……絶滅させよ!」

「了解だ、了解だともマスター」


 ヘルトは城壁から飛び降り、荒原へと降り立つ。


 煙草をゆっくりと吸いこんで、煙を吐き出したヘルトがパンと手を叩いた。


「さて、新しく理論構築した対軍魔術がどれだけ通用するか……実験を開始する。精々足掻けよ、我が旧友達よ」

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