第7話:独立宣言


「見たところ、一個大隊ぐらいか。舐めてんな」


 ヘルトが城壁の上から荒原に築かれた敵陣地を見て、顔をしかめた。城壁の存在を知らなかったとは思えないので、そう考えると攻城戦をするにはあまりに兵数が少ない。


「どうせエルフしかいないから楽勝って思ってるのよ。馬鹿にしてるわ! 一万人ぐらい連れて来なさいよ!」


 その隣でイリスがプンプンが怒っていた。


「なんで敵が少ないことを二人とも怒っているんですか……少ない方が良いでしょうに」


 呆れたような声を出したアイシャだったが、それに対しヘルトが首を横に振った。


「普通ならそうだが、相手は魔導機関だからな。あまり、楽観視しない方がいい」

「そうね……前回は散々煮え湯を飲まされたからね。あんたのせいで」


 イリスが冗談半分でヘルトを睨む。


「そいつは悪かったな。と言っても俺はずっと王都に籠もりっぱなしだったし、開発と作戦考案しかしてないから直接はやっていない……と言える立場ではないか」

「尚更タチが悪いわよ。自分だけ温々と危険のない場所で……って王族というだけで今まで生き延びていた私が言える立場でもないわね」


 そう言ってイリスが肩をすくめた。お互いに先の戦争で思うことはあるが、今はそれを言っても詮無いことだと分かっていた。


「はん、お互い様だな」

「全くだわ」

「二人とも、見て下さい――降伏勧告ですよ」

 

 アイシャの言葉と同時に、二人が視線を眼下へと向ける。


 城門の前へとやってきたのは、馬に乗った貴族風の服を着た男だった。


 男が声を張り上げる。


「我らはイングレッサ王国魔導機関所属、魔蒸兵団である! 貴殿等が行っているのは、不当な占拠であり、断じて許されるものではない!! すぐにこの門を開放し、我が軍を受け入れよ! 速やかな開門を行えば、被害を最小限に抑えることを、ここに約束する! さあ、門を開きなさい!! 繰り返す! 我らは――」


 男の言葉を聞く気すらもないヘルトがあくびをしながら、隣のイリスへと一応仕方なしに、という態度を前面に出しながら、問うた。


「で、どうする? 門を開けるか? 被害を最小限に抑えてくれるってよ。最小限がどの程度なのかは知らんがな」

「はん、そんなの決まってるわ」


 イリスが城壁の端に片足を乗せ、男に負けず劣らずの大声を出した。


「私はリーフレイア森林国第一王女イリス・リフレイン! イングレッサ王国の不当な侵略と搾取に、改めて正式に抗議する! それに伴い、このレフレス自治区は本日をもってイングレッサ王国から独立。ここに、リーフレイア森林国の正統な継承国である新国家、! 諸君等は、エルへイム首都であるこのレフレスの安全を脅かしている! すぐに退却し、我が国の独立を認めよ!」


 そこでイリスは一度言葉を止め、息を大きく吸った。


 そして男性なら、誰もが見蕩れてしまいそうなほど綺麗な笑みを浮かべ、こう宣言したのだった。


「この主張を認めないのならば……いえ、もっと分かりやすく言ってあげるわ。もし、――!」


 

☆☆☆



 イングレッサ王国――王城、白翼の間。


 そのイリスの強烈な宣戦布告を――魔力通信機を通してリアルタイムで聞いていたのは、二人の人物だった。しかしその反応は対照的だった。


 一人は、宮廷魔術師のミルトン。


「……ふざけるなよクソガキが! 独立に新国家を樹立だと? そんな物が認められてたまるか!!」


 持っていた酒杯を叩き付けたミルトンが荒い息を吐きながら、魔力通信機を睨み付けた。


「くくく……まさか王女の取り逃がしがこんな事態になるとはな。どう王に説明する気だミルトン」


 そしてもう一人は、イングレッサ軍の長であるマリアだ。彼女は楽しそうに笑い、ミルトンへと侮蔑の視線を向けた。この一連の騒動のせいで、ミルトンの計画や目論みがあまり上手くいっていないことを彼女は掴んでいた。更にもしこの独立がまかり通れば、これはもう大失態に繋がるだろう。


 イングレッサ王国の軍部として、この騒動はもちろん見過ごせない事態ではあるが……逆に好機とも捉えていた。味方の失態が……成功へと繋がることを目の前の怒り狂う男を見て、彼女は身を以て良く知っていたのだ。


「……説明なんていりませんよ。全て内密に終わらせればいい。今回の派兵はあくまで自治区の管理という名目ですから」

「だから、私の部隊を派遣するのを拒んだのか」


 流石の王も、イングレッサ軍本隊が動けば不審に思うだろう。


「ヘンリック自ら率いた魔蒸兵団がいますからね。あんなクソガキが思い付きで始めた国ごっこなんてすぐに捻り潰してくれますよ!」


 いつもの余裕の笑みではなく、歯を剥き出しにしたミルトンの笑顔を見て、マリアはこの件に関してはひとまず静観することにした。下手に手を出すより見ているだけの方が、この場合得になると踏んだのだ。


「さて……普通に考えれば、すぐに鎮圧されるだろうが……、レフレス自治区の独立を認めてしまったら……とんでもないことになるぞミルトン」


 マリアの愉快そうな声に、ミルトンが苛立ちながらも言葉を吐いた。


「万が一? ありえませんよ。こちらには軍用魔術があるのです。城壁なんて何の意味もない。何より、こちらには――【エメス】がある」

「だったらいいのだがね。まあ、お手並み拝見といこうか」

「言われずともやりますよ――ヘンリック聞こえますか。良いですか、イリス王女以外は全員殺して構いません。虐殺せよ、根絶やしせよ、草木一つ残らぬ焦土を顕現させよ!!」


 それに対して返ってきたのは、魔力通信機越しのヘンリックの短い言葉だった。


『分かっていますよミルトンさん――魔杖隊、〝噴進爆破〟を放て』


 その後、魔力通信が現場で発生した魔力波によってノイズ混じりになるも、ミルトンの耳にはしっかりと爆音が届いていた。


「くはは……くははははは!! 城壁? 馬鹿め! それならばすれば良いだけですよ!! くはははは!!」


 白翼の間にミルトンの笑い声が響いた。


 だが、マリアだけは気付いていた。その爆音を良く聞けば――

 

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