第5話:白翼会議(イングレッサ王国側視点)

イングレッサ王国――王城、白翼の間。


 そこは本来なら王族のみが使える部屋なのだが、宮廷魔術師であるミルトンは王よりそこを与えられ、執務室兼会議室として使っている。


 テーブルにはミルトンを含め、三人の人物が座っていた。それぞれの背後には部下が控えている。


「……イリス王女を発見した? 今さらが過ぎますね。軍部は何をしていたのです?」


 ミルトンがその報せを聞いて、呆れたような声を出した。


「……それを貴様が言うかミルトン。そもそもイリス王女の捜索はお前の直属部隊の管轄だろうが。成果もなく、魔杖隊の評判は地に墜ちていると聞くぞ」


 吐き捨てるようにそう言ったのは、美麗な装飾が施されている杖剣を腰に差した女騎士だった。白銀の鎧を纏い、金色の長い髪を後頭部で束ねている。


「そもそも貴女達が、あの国を征服した際に王女を捕らえていれば、こんな無駄な金と労力を使わずに済んだののですぞ? どう責任を取る気ですか……マリア・アズイール」


 イングレッサ軍のトップであるその女騎士――マリア・アズイールが、くだらんとばかりにその言葉を鼻で笑った。


「リーフレイア軍を破るまでが私の仕事だ。戦後処理を進めたのはお前達魔杖隊だろ? 王族の取り逃がしという失態、貴様が王の側近でなければ処刑ものだ」

「貴様、それは王に対する侮辱だぞ?」

「お前への侮辱を王へのものとすり替えるなよコウモリが。それこそ、王に対する侮辱、だ」

「……まあまあ、喧嘩はやめましょうよ」


 そう声を上げたのは、これまで無言だった、ミルトンの隣に座る顔色の悪い男だ。


「貴様は口を出すなヘンリック。なぜこんな重要な会議の場にヘルトではなくお前が座っている」


 そのマリアの言葉に対し、ミルトンとその顔色の悪い男――かつてヘルトが立ち上げた組織である魔導機関の現トップであるヘンリックが薄気味悪い笑みを浮かべた。


「おや……軍部のトップともあろう者がまだそれを把握されていないとは……平和になったとはいえ、少しボケていらっしゃるのでは?」

「どういう意味だヘンリック。そういえば、最近あいつを見掛けないが……」


 マリアは、このヘンリックという男が嫌いだった。ミルトンの腰巾着とでも呼ぶべき男であり、何を考えているか分からない。魔術師として優秀なのかもしれないが、ヘルトという突出した存在をよく知っているマリアにとって、彼はいつまでたっても二番手という印象しかないのだ。


「ああ、彼なら……。そして彼以上に優秀であるヘンリックを魔導機関の長にしたので、彼がここにいて当然です」


 その、ミルトンの軽い言葉を聞いて、マリアが立ち上がった。


「どういうことだミルトン。処分した? あの男を? はん、馬鹿馬鹿しい! あの男が殺してただで死ぬはずあるまい。何をした、何を企んでいるミルトン!」

「企んでいるだなんて……そんな」

「――王に確かめてくる! そんな馬鹿な話があってたまるか! ヘルトは……あいつは英雄だぞ!? 奴のおかげでどれだけ我々陣営の人命が救われたと思っている!? それを処分した? 馬鹿も休み休み言え!」


 激昂するマリアの気迫に、しかしミルトンとヘンリックは平然としていた。


「私の言葉は――。知っていますよね? だから――

「……っ! まさか貴様本当にあいつを!」

「話を戻しますよ? とにかくイリス王女捕縛は王より授かった絶対令。王より、軍部そして機関、共に戦力を投じて捕縛しろとの命が下っています。当然、マリア・アズイール、貴女にも協力してもらいます」


 その言葉にマリアが剣を抜こうか悩んでいると、突然部屋の扉が開いた。入ってきたのは息を切らした一人の兵士だった。


「か、会議中失礼します!! 緊急の伝令が!」

「何でしょうか」


 余裕の笑みを浮かべるミルトンだったが――次の言葉で、その笑みが凍り付いた。


「そ、それが……レフレス自治区に駐屯していた魔杖隊が……ぜ、しました。そ、それと――」

「魔杖隊が……全滅? 馬鹿な。そんな事は有り得えません。彼らは私直属の部隊ですよ?」


 ミルトンの声に伝令が怯えるが、マリアがその続きを促した。


「黙れミルトン。それと、なんだ?」

「そ、それと……レフレス自治区がイリス王女を中心に、反乱を起こしまして……」

「どういうことですか!! あそこにはもう戦力は残っていないはずです!? マリア・アズイール! どうなっている!」


 そのミルトンの取り乱しように、溜飲を下げたマリアが笑った。


「知らんよ。何度も言ったが、戦後処理は貴様ら魔杖隊の役割だろうが。だが、確かに妙だな。それ以外には?」

「……それに伴い、なぜかあっという間に自治区を囲う城壁らしき物が生成されて」

「ふざけるな! あの広さを囲う城壁を生成できる魔術など存在しない! そもそも魔力がいくらあっても足りないはずだ!」


 ミルトンの言う事はもっともだった。しかし、伝令がそんな嘘を伝えるはずがない。


 そして次の伝令の言葉で、マリアだけはその真相に少しだけ気付いたのだった。


「それと……これは未確認の情報ですが……イリス王女と共にが行動を共にしていたそうです」

「赤毛……? まさか」


 マリアの脳裏に、あの傲岸不遜で、でもときおりフッと優しい顔を見せる魔術師の青年の顔がちらついた。


「なんだそれは!? 貴様、いい加減にしろ!」

「まあまあ……ミルトンさん。とにかく、イリス王女捕縛という王の命は変わりないのでしょう?」


 一人、目を細めたヘンリックが再び口を開いた。


「であれば、僕に行かせてくださいよ。赤毛の魔術師だがなんだか知りませんが……全てが魔術師が過去の存在であると分からせて差し上げますよ……僕の開発した――魔蒸兵団【エメス】の力でね……」

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