第3話:対抗魔術
「はあ……はあ……やるじゃない……魔術師のくせに」
散々ボコスカ殴り合った二人だったが、途中でイリスが根を上げ、地面へと倒れた。それを見てヘルトが呆れたような声を出しつつ側に座り込んだ。
「使役の呪縛を使えば勝てただろうが……」
ヘルトはヘルトで魔力を抜いて霊体化すればそもそも物理攻撃は食らわないのだから、お互い様である。
「小娘……なぜ英雄を喚んだ。今さらお前一人で何ができる」
ヘルトが天井を見上げてそうイリスに問うた。もはやリーフレイアは滅亡した。王女だけが残ったところでどうにもならない。
「イリスって名前よ。小娘って呼ぶな、馬鹿ヘルト・アイゼンハイム」
「だったらお前もいちいちフルネームで呼ぶなよ。ムカつく野郎の顔を思い出しちまう」
宮廷魔術師ミルトンの顔を思い出し、ヘルトが嫌そうな顔をする。
「じゃあ、ヘルト。あんたはさ、蹂躙した側だから分からないかもしれないけど……例えあんたらが魔術で森林を焼こうが、人々を連れ去って奴隷にしようが……リーフレイアは消えない。消してはいけない。さっきの言葉じゃないけど、歴史の重みがあるのよ」
イリスが同じように天井を見上げながらそう返した。その視線の先には天井ではなく、未来が……亡き祖国リーフレイアの未来を見据えていた。
「はん、くだらねえ。そこまで言う重みとやらがあるのなら、しっかり護れよ。俺みたいな奴らに好き勝手やられてるんじゃねえよ」
「あんたが言うな。あんたさえいなければ……。いえ、それを言ったら仕方ないわね」
「つまりイリス。お前は英雄を喚び……その力でイングレッサに復讐したかった。そういうことだな」
「そうね。復讐……という気持ちもあるけど、望みは再建よ。リーフレイアを再びこの大地に蘇らせる。まずは民を、次に土地を、そして最後は尊厳を……そういうものを全て取り戻す戦いよ。いずれにせよ、イングレッサがそれを黙って見ているとは思えないけどね」
イリスがそう言って、立ち上がった。
「くだらねえ」
ヘルトがその横に立つ。
「うるさい。あんたがどう思おうが、あんたにはあんたの祖国に牙を剥いてもらうことになるから」
「ああそうかい。ま、丁度良い。あいつらにはちっとばかし用があ――ん?」
ヘルトの言葉の途中で、この空間から唯一外へと続く通路への扉が勢いよく開いた。
「イリス様! 早く逃げてください! 奴らが……魔杖隊が嗅ぎ付けて踏み込んできました!!」
そこから現れたのは、踊り子のように薄い布を纏った、褐色肌と黒髪が特徴的な人間の少女――イリスの従者であるアイシャだった。露出の多い派手な格好で惜しみなくそのボディラインを強調しており、腰には二本の分厚い刃を持つ曲刀をぶら下げていた。
「アイシャ!? ここが見付かったの!?」
「はい! 早くここから出な――きゃっ!!」
突然、扉付近が爆発する。それにより側にいたアイシャが吹っ飛んだ。
「おっと」
反射的にヘルトが実体化し、吹っ飛んだアイシャを身体を受け止める。幸い、爆発は直撃していないようで怪我はなさそうだが、その大きな黒曜石のような瞳がぱちくりと、ヘルトの顔を見上げていた。
「はれ……? 貴方は……ああ、〝赤錆〟!? なななんでここに!?」
腕の中で、混乱しバタつくアイシャを離すとヘルトが何度目か分からないため息をついた。
「そのあだ名、嫌いなんだよ。まあいい。しかし……相変わらずやる事が乱暴な奴らだ」
「ヘルト――
杖槍を構えたイリスの言葉と同時に、吹っ飛んだ扉を踏み付けながら空間に雪崩れ込んできたのは、全員が軍服とローブを合わせたような赤い制服に杖を携えた一団――イングレッサの悪名高い実務部隊である魔杖隊だった。
「けけけ……いたぞ!! エルフの王族だ!! やっぱりここに隠れてやがった!」
「へへへ……エルフは乳がないから好みじゃなかったが……これは中々だ」
「王に献上する前に……味見しようぜ?」
ゲスな言葉を吐きながら彼らは獣欲の籠もった視線をイリスへと向けていた。
「良くもアイシャを!!」
イリスが激昂しながら杖槍を向けるが、魔杖隊はそれを見て嘲笑った。
「ぎゃははは! そんな杖で何をする気だ? こちとら大魔導師ヘルト・アイゼンハイムが開発した最新型の杖と魔術で武装してるんだぜ!? お前らエルフのかび臭い魔術じゃ逆立ちしたって敵わねえよ!」
その言葉を聞いて、ヘルトは頭を抱えた。
「俺は……こんなクソ共に武力を与えていたのか」
「ヘルト。あんたの悪業は数知れないけども、あいつらみたいな外道に力を与えたのがあんた最大の悪業の一つね」
「ぐうの音も出ねえよ。やれやれ……おいお前ら、撃つ前に聞け。俺は――」
ヘルトが前に一歩出て、そう言葉を続けようと瞬間。
「エルフ以外は死ね!――【マジックバレット:エクスプロード】!!」
先頭に立っていた魔杖隊が杖をヘルトに向けて、魔術を発動。魔力にとって生成された弾丸が高速で射出される。
それはイングレッサ独特の歩杖兵用魔術であり、少ない魔力消費でいかに効率良く人体を損傷させるかに重きを置いたものだ。その魔弾は着弾と同時に爆発し、相手に致命的なダメージを与える。
この魔術は戦争時に猛威を振るい、猪の如き突撃と魔術乱射をする相手軍をこの魔術だけで制圧できたほどだ。
当然、杖すらもない人間ならば、これを撃たれた時点で死亡確定だ。
ヘルトは思考する。さて、どう動くべきかと。
まずイリスについて、あいつらは彼女を殺す気はないようだが、放っておくわけにはいかない。こういった類いの召喚魔術は、主が死ぬと当然こちらも消滅するので、命令されるまでもなく彼女を護るしか今のところ選択肢はない。
次に使役の呪縛についてだが、これはすぐにどうこう出来る感じではなさそうだった。じっくりと解除していくしかないし、そのために必要な物が今の時点では足りない。
つまり現時点ではイリスに協力するフリをして……使役の呪縛を少しずつ解除させていくしかない。そのためにも――出来るかぎり彼女の信頼を得た方が良い。
ならば――
ヘルトは薄く笑うと――迫り来る小さな死神達に対して右手を差し出した。
「馬鹿が! そんなもので防げ――へ?」
それが、魔杖隊の最後の言葉だった。
撃ったはずの魔弾がなぜか――
魔杖隊全員が、一瞬でただの肉塊と化した。
「だから、聞けって言ったのに。その魔術さ、俺が作ったんだぜ? 自分で作った魔術でやられるのはもう懲り懲りだから、構築済みなんだよ――
ヘルトは笑いながら、呆気にとられていたイリスへと振り返った。
「イリス。俺もイングレッサには、お前ほどじゃないが私怨があってな。だから協力してやる――さあ取り返そうぜ、お前の誇りを」
そう言って、ヘルトは傲岸不遜に笑ったのだった。
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