探偵の息子3
帰りのHRが終わると、教室が喧騒に包まれる。部活や委員会などがあり教室を出ていく生徒もいたが、近くの席の女子達のように帰りにどこに行くかの相談をしている連中も多くいた。
結局、今日の授業はずっと眠いままだった。
いっそのこと寝てしまおうかとも思ったのだが、生来の性格からか、眠い目をこすりながらもなんとか授業は受けていた。――元凶である菜香乃はほとんどの授業で居眠りしていたが。
休憩時間はすべて寝ていたが、それでも寝足りないので、今日は寄り道せずにまっすぐ家に帰ることにしよう。
そう思って教室を出ようと歩きだしたところ、名前を呼ばれた。
「あ、ちょっと拓真!」
振り返ると予想した通り菜香乃がいた。というか、俺のことを名前で呼び捨てしてくるクラスメイトはこいつしかいない。
「なんだよ?」
「今日の夜は暇?」
「ああ、暇だぞ」
特に予定もないため、そう答えた。
「じゃあさ、今日久しぶりにうちで一緒に夕飯どう? お母さんから連絡あったんだよね」
「春乃さんから?」
「うん。だって、拓真が来ないから、お母さん寂しがっているもん」
以前は夕飯は東家で毎日のように一緒にしていたが、自分で自炊するようになってからはその頻度は減っていた。
とはいえ、
「いや、3日前も夕飯食いにいっただろ?」
ついでに、今朝も顔合わせているし。
「拓真はお母さんにとって息子みたいなもんだからね。3日来ないだけでも寂しいもんなんじゃない?」
よくわからないが、そういうものなのだろうか?
「で、どうする?」
「まあ、特に用事もないし。そうだな、そうさせてもらうか」
「わかった、じゃあ、お母さんにそう連絡しとくよ。じゃあね、拓真。またねー!」
そう言って、菜香乃は部活に遅れているためか教室から走って出て行くのだった。菜香乃と話している間にクラスメイトの数もだいぶ減っていて、俺も家に帰ることにしたのだった。
*********
「拓真、起きてる⁉」
ベッドで寝ていたところ、スマホが鳴った。目をこすりながら、電話に出てみると相手は菜香乃だった。何でこいつは怒り気味なんだろう?
「菜香乃か。お前、部活はどうしたんだ?」
寝起きのため、あくび混じりにそう返した。
「部活なんてとっくに終わったわよ! 何時だと思ってんの⁉」
「え?」
スマホの画面を見てみると午後7時を過ぎていた。家に帰ってから夕飯まで少しだけ寝ようと思っていたのだが、予定よりも長く寝てしまったらしい。
「もう夕飯の準備できてるんだけど?」
菜香乃は部活の練習を終えて、腹を空かしているためなのか、苛ついている様子だ。
「わりぃ、今から行く」
「一分以内に来ないと殺すから」
菜香乃はそう不穏な言葉を残して電話を切ってしまった。
すぐさま俺は自宅を出る準部をした。玄関の鍵を閉めたのを確認して、隣の東家に向かう。
「おじゃましま――」
「遅い!」
東家の玄関を開けた俺に飛んできたぬいぐるみを顔で受けたため、挨拶を最後まで言い切ることができかった。ぬいぐるみが飛んできた方向を見ると、菜香乃が怒りの様子で立っているのであった。
「一分以内に来いって言ったでしょ!」
文句を言ってやりたかったが、長くなりそうなのでやめとくことにした。まあ、今回は自分の落ち度もあるし、腹も流石に空いてきた。
なんとか菜香乃を宥めると、俺たちはリビングに向かった。
「あ、たく君。いらっしゃーい」
春乃さんは俺を見るなりに、こちらに走ってきて俺を頭から抱きしめた。春乃さんは基本優しいし(怒ると怖いが)、作る料理はどれも絶品である。また、子供の頃から俺の世話をしてくれていて、頭が上がらない存在ではある。しかし、こんな感じでスキンシップが激しいところがあるので、ちょっと苦手ではある。
「もう、そんなことは後にして。はやくごはんにしよう」
そう言いながら、菜香乃は春乃さんを俺から引きはがした。菜香乃のおかげもあり、何とか助かった。
俺たちは席に着くと、
「「「いただきます」」」
と揃って言って、食事をするのだった。
相変わらず父は帰ってこないが、家族同然のような菜香乃と春乃さんがいる、三日ぶりの食卓はとても楽しいものだった。こんな感じで、今日のように穏やかな日がこれからも変わらず続いていくのだろうと思っていた。
――そんな毎日に変化が訪れることになったのは、四月も終わろうとしていたある日のことだった。
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