番外編

父との思い出

 特に代わり映えのしない、穏やかな一日を過ごして、あとは寝るだけといったある日のこと。部屋にかけてあるカレンダーを見て、親父と一緒に出かけた時のことをふと思い出した。


 年がら年中息子を放っておいて、自由気ままな野良猫のようにどこかへとふらっと出かけてしまうような親父ではあるが、数年に一回くらいは家族サービスのつもりなのか知らないが、一緒に出かけようと誘ってくることが何度かあったのだ。


 まぁ、今思えばそんなことで今まで息子にかけた苦労や寂しさをきれいさっぱり水に流せると思っていたのかと考えると、浅はかすぎる気がしないでもない。しかし、その当時の俺はまだ純粋だったこともあり、あまり一緒の時間を過ごせない親父と一緒に出かけることができて単純に嬉しかったような覚えがあるのも事実だ。


 あれはまだ俺が小学生のころだ。数日ぶりに家に帰ってきた親父と一緒に俺が作った朝食を食べていた日曜日のこと。何の前触れもなく「天気もいいしドライブに行こう」と親父が急に言い出した。そうして、一時間もしないうちに、車をどこかから借りてきた親父に連れられドライブに行くことになったのだ。


「今日は海にでも行ってみるか」

 

 そう言った親父が運転する車に三時間ほど乗り続けて、着いた先は人里離れた山奥だった。この技術が発達した現代にも関わらず、スマホの電波は圏外という僻地っぷりである。ナビもつけずに走って大丈夫なのかと思ってはいたのだが、その不安が的中した。


「まぁ、山も悪くはないよな」


 気を取り直して俺たちは周りを散策することにした。


 都会育ちの俺にとっては目の前の景色は新鮮に感じて最初のうちは楽しめていた。しかし、どこまでいっても目の前に広がるのは自然ばかりですぐに飽きてしまった。 


「お父さん、おなか空いたよ」


 散策して三十分くらい経った頃、俺のおなかが大きく鳴った。普段なら昼食をとる時間なのでそうなっても仕方ない。


「まぁ、なんとかなるさ」


 父は食糧調達してくると言って、茂みに入っていった。


 心配しながら待つこと三十分程で親父が戻ってきた。

 

 その右肩には大きな肉塊を抱えており、油も載っていてとても美味しそうではあった――少なくとも見た目だけは。


 そして、親父が家から持ってきた調理器具を使って、肉を調理する。出来上がった料理を紙皿に載せると、俺に差し出す。


 どこでとってきたのかわからない得体の知れない肉に遠慮したい気持ちは正直あった。しかし、腹が減っていたこともあり俺は恐る恐る口をつけることにした。


「――美味しい!」


 肉は予想と違って柔らかく、口の中でとろけるほどであった。あまりの美味しさに俺は肉を貪るように食べた。もしかしたら、俺の人生の中でこの時に食べた肉が一番美味しかったかもしれない。


 ただ、何度聞いても頑なに親父は何の肉かは答えなかったので、俺は肉に対する不安を抱えたままであった。


 その後も色々振り回されたのだが、何とか日付が変わる前に家に帰ってくることができた。記憶が確かなら、俺はこの時にはじめて親父とは二度と一緒に出かけたりしないと誓ったのだった。(結局その後も何度か出かけることになるのだが......)


 とこんな懐かしい親父との思い出を急に思い出したのは、今日が父の日だからだろうか? あんな親ではあるが、唯一の肉親には間違いない。日頃の鬱憤を晴らすべく、今度帰ってきたら思いっきり不満をぶつけてやろう。

 そんなことを考えて苦笑しつつ、俺は眠るために瞳を閉じた。


(おやすみ、親父――)


 心の中でそう言って、俺は眠りに落ちたのだった。

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