探偵の息子

 ベッドで寝ていた俺の耳元でスマホのアラームが鳴り響いた


 目を瞑ったまま、音のなる方へ手を伸ばしてスマホをつかむ。目をこすり、寝ぼけ眼のまま画面を確認すると、起きるのにはまだ早い時間だと気づく。俺は布団を被りなおして、二度寝をすることにした――「起きろ、バカ!」――ところ聞きなれた女の怒声が部屋に響いた。


 声の主に布団を勢いよく引っぺがされる。そのままの勢いでカーテンも開けられ、窓から注ぐ日光に目を細める。


「何すんだよ⁉」

「うるさい、バカ!」


 再びの眠りにつこうとしていた俺の当然の抗議に対して、語彙力のないストレートすぎる返答をしてきたのは、隣の家に住む幼馴染の女の子――東菜香音あずまなかのであった。


 隣の家に住むはずの菜香乃が部屋にいるのは、うちの合鍵を使ってわが家に入ったからだろう。なぜ菜香乃が合鍵をもっているのかといえば、菜香乃のお母さんにいざという時のために合鍵を渡しているから。昔から息子をほったらかしていた父に代わり、俺の世話をしてくれていたのが、東家の人たちだった。肉親である父よりも東家との付き合いの方が濃いのは言うまでもなく、家族同然といっても過言ではない。とはいっても、家のほとんどのことをしてもらっていた小学生の時とは違い、今では自分で家事をするようになったため、付き合いは主に週に何回か東家の夕食にお呼ばれするくらいになってしまったが。


 そんなわけで、菜香乃がいること自体は問題ないのだが――「なんで、こんな朝早くに起こすんだよ?」――俺は当然の疑問を口にする。


 俺と菜香乃が通う都立高校は徒歩で十五分ほどのところにある。今の時間から行ったのでは家と学校をのんびり歩きながら三往復しても余裕でおつりがくるだろう。


「あたし、今日から朝練があるのよ」

「は?」


 胸を張り堂々とそう答える菜香乃に対して、俺は間抜けな返事をしてしまった。よく見ると菜香乃はうちの学校の制服にすでに着替えていた。

 菜香乃は昔から運動神経がよく、スポーツは何をやらせても優秀で中学時代は各運動部によく助っ人を頼まれていた。そんな彼女だから高校の入学式があった日の帰り、当然のごとく各運動部から熱心に勧誘されていた。つい最近までどの部活にしようか悩んでいたような気もするが、ようやくどこに入部するのか決まったみたいだ。それ自体はいいことだと思うし、喜ばしいことと言ってもいいだろう。

 

 しかし、


「それと俺を起こすことと、どう関係あるんだよ?」


 俺は浮かんできた疑問を口にした。


 高校に入学してもどの部活にも入らず、積極的に帰宅部になった俺には朝練などあるはずもない。それにまだ遅刻するような時間でもないため、寝ていても誰からも文句を言われる筋合いはないはずだ。


「……実はね、」


 十秒ほど間をおいて、重々しく菜香乃が口を開く。


「あたし、」

「うん」

 

 訳ありなのかと思い、俺は身を乗り出して話を聞こうとした。


「まだ高校までの道を覚えられてないの」

「おやすみ」


 そう言って、すぐさま俺は布団を被り直す。さて、二度寝しよう。


「ちょっと‼」


 怒りながら布団を引っ張ってくる菜香乃。二度寝をしたい俺も布団をつかみ負けじと抵抗する。おい、強い力で引っ張るのはやめろ、布団が裂けるだろ!


「スマホで地図見ながらひとりで行け、バカ!」

「だって面倒くさいじゃん!」

「知るか!」

「いいから! 早起きは三文の徳って言うでしょ⁉」

「三文って大した価値のないって意味だから、早起きしてもあまり意味ねえぞ!」

「屁理屈はいいから! あたしのために学校へ案内しなさい!」


 この大声での言い合いは、近所迷惑だと怒った菜香乃のお母さんが乱入してくるまで続くのであった。

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