3.




 私、樋口一葉には、悩みがある。

 その悩みは最近になってできた、というか、現れた。

 四六時中私を蝕むその悩みとは………芥川先輩に手取り足取りマフィアのいろはを教えられている女性の事である。

 モノクロの世界の中で生きているように色彩に乏しいその女性は、肌身離さず紫陽花の花束を手にしている、という特徴以外、我々には何も知らされていない。名前すら。ただ『やつがれが面倒を看る事になった』と苦い声で言われただけ。

 その女性が現れてからというもの、首領ボス直轄の遊撃部隊は本来の仕事からは外れた事をしている。

 古い橋に爆弾を仕掛けたり、撤去したり、自爆ベストの本物とレプリカを着た人員を用意したり、処理したり。

 芥川先輩が言うのなら何だってしようと決めている私は、先輩の言う通りにすべてをつつがなく行うのみである。

 でも。それでも。思う事はあるわけで。

 

(今日もあんなに距離が近い……)


 今朝は早くから例の女性を迎えに行った先輩は、今別件で監視対象となっている雑居ビルほかヨコハマの街並みがよく見える展望台まで来て、百円を投入すると、三分間使える設置型の望遠鏡を女性に覗かせている。

 運転手である私は先輩と女性が隣り合って何か会話しているのを遠くから見ているだけ。これでもかというほどの部外者。

 じり、じり、真上から私達を照らす太陽の鋭さだけが平等に降り注ぐ。


「樋口」

「、はいっ」


 手持ち無沙汰になっていた私は若干の間のあとに慌てて先輩のもとへ駆け寄った。

 何用かと思えば、先輩の隣で例の女性が紫陽花に顔を埋めて俯いている。心なしか顔色が悪いようにも見える。


「人員を集めろ。踏み込むぞ」


 一瞬言われた言葉の意味を考えた。考えて、はい、と頷いて、ここ一週間雑事ばかりして気が緩んでいるだろう(それは私もなわけだったけど)各員に伝達をしていく。

 女性はやはり顔色が悪かったが、車に乗り込み、細い腕に太い針の注射器で何か薬剤を打つと、若干マシな顔つきになった。と思う。

 先輩に言われるまま例の雑居ビルからビル一つ分離れたところに路駐。女性は先輩に連れられる形で雑居ビルまでやってきた。

 その頃には私が集合を命じた遊撃隊が到着。いつもの面子を揃えている。


「どうだ」

「…ビルの、みぎがわ、だめ。しょうめんと、うらも。ひだりがわがいいとおもう」


 先輩は顎を引くと、表に陽動隊を、ビルの左側面に本隊を配置した。女性の言葉を組んでいる。もしやそういう異能力なのか……そんな事を考えながら、陽動隊のリーダーを任された私は先輩と女性の背中を見送り、気持ちを切り替えた。

 先輩は新入りの彼女の世話で忙しい。私が先輩の分までしっかりと気を回して、先輩に余計な負担がかからないようにしなければ。



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