2.




 紫陽花を手離さず、それ以外は色彩のない白い肌と黒いワンピース姿の女は、青く突き抜けるように高い空の下、すっとある一点を指した。

 そこには何の変哲もない、ところどころが錆びたり欠けたりした鉄筋コンクリートの橋がある。

 その古い橋には部下があらかじめ爆弾を仕掛けた。

 無論、その事は女には告げていない。

 だが、『モノの死』がえるという女には、この橋がボタン一つで破壊される運命にあるという事が視えていた。「すぐにこわれそう」と呟く声は小さいが揺るがない芯がある。

 指示を出し、爆弾を撤去させたあとにもう一度「今はどうだ」とくと、女は紫陽花の花束から顔を上げ、もう一度橋へと視線を投げ……不思議そうに首を捻った。


「いまは、だいじょうぶ。せんはない」

「先ほどは爆弾を仕掛けていた。今は撤去した。視え方が違うのはそういう事だ」


 やつがれがそう言うと、女はこくりと一つ頷いてみせたが、本当に理解しているのかはぼんやりとした表情からは判断しにくい。

 ………やりにくい相手だ、と思う。

 幹部曰く、始終ぼんやりとしたこの様も、思い出したように注射器を取り出して自分の腕に打つ行為も、すべて過去の事故による後遺症であり、故意のものではない……そう聞き及んではいるが。そうであるなら尚の事、僕にはやりにくいのだ。

 何故僕が女の事を気にかけながらアレコレとせねばならないのか。


(これならよほど樋口の方が使える。面倒もない。幹部も何故面倒な女を抱えたままでいるのか)


 女がふいに表情を歪めて自分の頭を抱え込んだ。「いた、ぃ」とこぼす声にその体をコートを変形させた黒獣こくじゅうで掴んで日陰へと強制的に移動させ、「いたい、いたい、いたぃ」とこぼして表情を歪めぽろぽろと涙をこぼしている女の腕に預かっていた薬剤を打つ。

 女の異能の詳細を確かめるためにこうしてテストを重ねているが、モノの死が視えるというその異能は、発動頻度に応じて女に頭痛をもたらす。

 今日も頭痛に襲われた女はひゅうひゅうと危うげな息を重ねていたが、ほどなくして薬剤が効いてきたのか、痛みでこぼれた涙を拭うと紫陽花の花束に顔を埋めた。


「もう、だいじょうぶ」

「まだ休め。お前に何かあると困る」


 僕が困るというよりは、幹部が、だが。

 黒獣で掴んでいたところから下ろしてやると、女はまだ大丈夫ではないのだろう、コンクリートの地面にぺたりと座り込んだ。そのまま、紫陽花に顔を埋めた格好で静かになる。

 到底マフィアらしい仕事などできそうにない女を見下ろしながら、考える。


(後方支援専門だな。現場を見て敵の罠などを看破し、撤退のさいは退路の安全を確保する……)


 女の異能は使い物にならないわけではない。だが、ないと困る、というほどのものでもない。

 それがまた『女の扱いをどうするのか』という面倒な悩みをもたらす。

 そもそも、幹部は、首領ボスは、この女をどうしたいのだろうか……。

 そう考え始めるとまとまらない思考の渦に落ちる破目になるので、今はその事は頭から放り出した。



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