1.




 芥川龍之介は他人の面倒を見るような人間ではない……というのはやつがれも自覚している。

 自覚がある故に、『教育』が難しいだろう女を首領ボスが預けてきたという事実に重みが加わり、僕は今、女の手に拳銃を握らせている。


「握った事はあるか」


 確認すると女は緩く頭を振った。

 髪、着ているワンピースと靴、すべてが黒い女は、顔と僅かに露出した肌が白く、腕には注射痕が目立つ。

 その片手にはどうしても手離したくないのだという季節外れの青い紫陽花の花束があり、拳銃を握るのを邪魔している。「……貸せ」マフィアの構成員の主な武器となる銃くらいは握れるようになってもらわなくては僕も困る。

 紫陽花の花束をコートの一部を変形させた黒獣こくじゅうにくわえさせ、改めて、華奢な手に拳銃を握らせていく。

 中原中也幹部が囲い込んでいる女にして、首領からも特例の扱いを受けている、ポートマフィア内において『触れぬが吉』とされている女。

 名も知らぬ、素性も知らぬ女は、ぼんやりした顔で黒い拳銃を見つめて僅かに力を込めてみせたが、発砲など到底できそうもない腕力だった。僕が手を離せば銃の重みで銃口が的から外れ重力に引かれるまま下がっていく。……とてもではないが撃つ事はできそうにない。

 はぁ、と息を吐いたついでに咳が出て、手のひらで口を塞ぐ。

 僕の記憶は貧民街の浮浪児として始まり、太宰さんに拾われるまでの不殺生な生活が祟り、肺を病んでいる。そのため今でもこうしてふいに咳が出る。

 女はぼやっとした顔で咳を続ける僕を見上げた。

 その目に何が映っているのかはよく分からない。透き通るようでいて、どこにも続かない鏡面のようでもあり、底の無い穴のようでもある。


「なおさないの?」

「………簡単に治るものではない」


 不思議そうな声に苦い顔で返し、まともに撃てそうにない拳銃を小さな手から取り上げた。

 それから、疑問に思っていた事を訊く。「お前、異能は。あるんだろう」「…いのう……」呟いた女はぼやっとした顔に何か感情を浮かべたが、それがどういう意図のものかは図りかねた。迷い、悲しみ、寂しさ。その辺りの感情をないまぜにして、黒獣から紫陽花の花束を取った女は言う。


「しの、せんが、みえる」

「死の線?」

「みえる、だけ。なにもできない」

「……ならば、僕が長くは生きないと言ったのは、その線が視えるからか」

「そう」


 紫陽花で口元を隠すようにしながら、女の白い指がすっと僕の胸辺り、正しくは肺を指す。


「ここに、せんがしゅうちゅうしてる。たくさんみえる。だから、あなたは、ながくない」


 死の宣告。だが、僕の心はそこまで騒がない。何故ならそんな事はすでに理解しているからだ。己の体の事など言われるまでもない。

 そんな事より、考えるべき事は他にある。「その線とやらは、生物にだけ視えるのか」僕の言葉に女は首を傾げた。それから周りを見渡す。「……みえる、こともある。はしとか。かべとか」その線が生物にとっての死なら、無機物にとっては『崩壊』や『破壊』と言ったものに当てはまるのではないか。もしそうなら使いどころのある異能となるが、そのためには現場に連れて行って異能の程度を見極める必要がある………。

 手に負えないようなら早々に幹部に伝えようと思っていたが、今はまだ時期尚早。女の異能を見極め、使えるものかを判断しなくては。



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