紫陽花を手離さない風変わりな死神について
アリス・アザレア
0.
その日、芥川龍之介はポートマフィア幹部の一人である中原中也に個人的な呼び出しを受けた。
最近の中也はポートマフィア本部の地下深くにある通称『紫陽花部屋』が私室となっており、色取り取りの紫陽花が咲き誇るその部屋で、お前に頼みたい事がある、と重苦しい顔と口調で言われた。
その言葉に芥川は暗殺や脅し、その他マフィアらしい事柄を思い浮かべたのだが、中也は深い溜息とともに、この部屋にいるもう一人の人間………紫陽花をじっと見つめて動かない女のことを指す。
それで中也が言う事とはいえば、彼女がマフィアとしてやっていけるよう、それらしい教育をしてやってくれ、だった。
一瞬の空白のあと、幹部がご自分で……と無難な言葉を返す芥川だが、中也は緩く頭を振る。
その一言で芥川の中のざわざわ波打っていた心は湖面のように静かになった。
我らが首領の命令ならば仕方がない。
その内容がどんなに不可解でも、中原中也が寵愛する女がどれだけ役に立たずだとしても、やってみせよう。
思考と気持ちを切り替えた芥川に対し、中也は未だ苦い顔で紫陽花を見つめて動かない女を見ている。
くれぐれも頼んだぞ、芥川。
その重い言葉には『怪我をさせるな、無理をさせるな』エトセトラ、かなりの含みを感じた。
芥川は頭を垂れてできる限り善処しますと返し………ふと、女が自分を見ている事に気が付いた。
どこかぼやっと焦点の合っていない目をしている女は、ふらっと立ち上がってふらふらと二人に歩み寄ると、黙って芥川の胸辺りを指さした。
それがどういう意味か分からず顔を顰める二人に、女は言うのだ。ココ、わるいの? と。
芥川は一瞬呆け……そして眉間の皺を深くした。
芥川はかつて貧民街の浮浪児であり、その頃に肺を病んでいた。そのため今でも咳が止まらず、癖のように口元を押さえる事がある。
ながく、いきられないね。
ポツリとこぼした女が悲しそうな顔をし、芥川から隠れるように中也の後ろに引っ込んだ。
その言葉に芥川の眉間の皺はさらに深くなり、中也は渋い顔で、背後にしゃがみ込んで紫陽花を眺め出した女の頭をぽんと叩く。悪いな。そのぼやきにいえと返した芥川の眉間の皺は深いままだ。
そんなわけで、芥川龍之介と女は微妙な印象でもってお互いの事を認識したのだった。
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