第12話 証言者は刑事の闇を払う
「ええと……もしかして三途之署の刑事さん?」
オフィス街のカフェでネットニュースを見ていた俺に声をかけてきたのは、ビジネスマン風の男性だった。
「そうです。特務班の朧川と言います。……服部正行さんですね?」
「はい。すみません、中途半端な時間にお呼びだてして。ちょっとバタバタしてて」
「とんでもない。ご足労頂いているのはこちらの方です。どうぞおかけください」
俺は服部に席を勧めると、「さっそくですが」と質問を切りだした。
「電話でも申し上げましたが『キッチンサカノ』で三年前に撮影されたバースデー動画についてなんですが……」
「ええ、承知してます。……早速ですが、これを見て頂けますか」
服部がそう言ってテーブルの上に出したのは、薄型のタブレットだった。
「たまたまこの中に、三年前の動画ファイルが入っていたんです。よろしければ、ご覧ください」
服部はそう言うと、タブレット上のファイルをプレーヤーの上にドラッグした。誕生日動画の本人にコンタクトが取れたのは、つい昨日のことだった。さすがに三年前のことなので過剰な期待はしていなかったが、意外にも服部は「覚えていますよ」と即答した。
「これですね……お父様から拝借したファイルで見ました」
プレイヤー上に再生された粒子の荒い動画を見て、俺は唸った。はたして本人所持の動画にも、霊的編集の力は及んでいるだろうか。はらはらしながら見ていると、やがてクラッカーの場面が出現した。
「これですね。あ、これ僕と奥さんです。二人とも若いなあ」
俺は画面に目を凝らした。映像の中心が主役から外れた直後が重要なのだ。やがてノリのいい店員にからかわれた服部の顔がアップになると、そのままカメラが右に移動した。
「――あっ」
主役の背後に二つの人影が覗いた瞬間、俺は手を伸ばして画面をタップしていた。
――編集されていない?
服部の肩越しに小さく映っていたのは大垣と、沙衣に浮遊霊を預けた被害者――朔美だった。
「この、後ろにいるお二人に見覚えはありませんか?」
「ああ、何となく覚えています。ちょっと年齢差のあるカップルで、身内にしては妙によそよそしい感じだったので記憶に残ってるんです」
服部の答えを聞いた俺は、密かに拳を握りしめた。よし、自白を促す証言が取れたぞ。
「あ、でもこの男の人、なんかどこかで見たような感じもしますね」
目鼻のぼやけた映像をまじまじと見ていた服部が、ふいに声を上げた。
「そうだ、大垣圭一にそっくりですよ、この人。そう言えば最近あの人、見ませんね」
俺は服部の観察力に舌を巻きつつ「大垣圭一は今、殺人事件の容疑で警察に拘留中です」と内偵時には明かさないことになっているカードを切った。
「えっ」
「……もっとも、まだ自白が取れていないので容疑者にとどまっている段階ですが。服部さん、この話はしかるべき決定がなされるまでは口外しないよう、お願いします」
「あ、はいもちろん。……なるほど、自白を取るためには証拠が必要というわけですね」
服部の態度が協力的であることを確かめた俺は、次の行動に移ることを決めた。
「すみません、図々しいとは思いますが、ひとつお願いをしてもいいですか」
「なんです?」
「実はあっちの席にもうお一方、証言していただく方をお呼びしているのです。やはり三年前、この動画に映っているフロアにいらっしゃった方です。出来ればこの動画をお見せして、奥の二人を覚えているかどうかうかがいたのです」
俺が少し離れた席にいる女性客を目で示すと、服部は「そういう事なら構いませんよ。どうぞこのタブレットを持っていってください」と言った。
「ご協力、感謝します。五分か十分程度で戻ってきますので」
俺は服部に会釈してタブレットを借りると、離れた席にいる女性客――もちろん、証言者というのは真っ赤な嘘で、本当はOL風の格好をした沙衣だ――の所へ移動した。
〈第十三話に続く〉
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