第13話 被害者は束の間の自由に踊る


「待たせたな。どうやらこっちのファイルは編集されていないようだ。被害者の顔もばっちりわかるぜ」


 俺が小声で言うと、沙衣は「じゃあさっそく『証人』を呼びましょう」と言って『死霊ケース』を取り出した。わざわざOL風の格好をさせてまで別行動にしたのは、服部にケースの中の『霊』を見られてはやりづらくなるからだ。もちろん、普通の人間には見えないが、服部が霊感の持ち主でないという保証はない。


「さあ出てきて頂戴、朔美さん。あなたが映っている動画を用意したわ」


 沙衣がケースを開けるのと同時に、俺は服部から『霊』が見えぬよう向こうに背を向ける形で沙衣の前に立った。数秒ほどすると、ケースから半透明の小さな女性が姿を現した。


「どう、覚えてる?」


「……わたし……ここに……いた……『男爵』と一緒に」


 朔美の霊はふわふわとテーブルの上を漂いながら、切れ切れの言葉で言った。


「よし、証言は取れたな。……と言っても公式の証拠にはならないが、大垣を吐かせるための材料としては十分だろう」


 俺は沙衣が霊に「ありがとう、もういいからいったん『お家』に戻って」と言うのを確かめるとタブレットを手に服部が待つ席へと引き返した。


「すみません、お待たせしました。動画を提供していただいたお蔭で、貴重な証言を得ることができました」


「どういたしまして、ところで私からひとつ質問をさせて頂いてもいいですか?」


「もちろん、構いませんが……・なんです?」


「実は私、ミステリーが好きでよく読むんですが、刑事さんて大抵二人組でいらっしゃいますよね?疑う気はないんですが、お一人なのは何か理由があるのかなと思いまして」


 意表を衝かれた俺は、思わず唸った。本当は今日の捜査も一応、二人で来ているのだが。


「確かにその通りです。ですが特務班と言う部署はイレギュラーな方法で内偵を進めることがよくあるのです」


「なるほど、そういうことでしたか。失礼な質問をしてすみませんでした」


 そう言って服部が表情を崩した、その時だった。ふいに背後でがたがたと言う音が聞こえ、振り返った俺は目に飛び込んできた光景に仰天した。沙衣に預けた『死霊ケース』が、勝手に動いてテーブルの上を撥ね回っているのだった。


「あれは……」


「あ、彼女、マジシャンを目指しているそうですから、その小道具じゃないかと思います」


 俺が慌てて取り繕うと、服部は目を丸くしたまま「へえ」と気の抜けた感想を漏らした。


 どうやら服部には彼女が刑事かもしれないという発送は浮かばないらしい。おそらく刑事に間違えられるにはまだまだ、迫力が足りないのだろう。


 ――まだまだだな、ポッコ。


 俺は『死霊ケース』を必死で押さえつけている同僚を見ながら、こっそりほくそ笑んだ。


               〈第十四話に続く〉

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