第7話 映らざるものたちよ、いでよ


「ハッピバースデイ ディア マサユキ ハッピバースデイ トゥーユー」


 画質の荒いビデオ動画の中でクラッカーの集中砲火を受けているのは、三十代と思しき男女だった。俺は手ぶれと共に移動するカメラのフレームを追いながら、『彼ら』が映り込む瞬間を待った。


 『キッチンサカノ』に赴いた翌日、俺は男性客から預かったハードディスクを念入りにあらためた。幸い目的のフォルダはすぐに見つかり、誕生日を祝うサービス動画にも難なくたどり着くことができた。……が、問題はここからだ。たとえ一瞬であっても、一目見て大垣と被害者だと特定できる映像でなければ白を切り通されてしまう可能性があった。


「イエー、おめでとう!」


 カメラは騒いでいる客と店員の間をアングルを変えながら行ったり来たりしていた。すぐ近くの席で見ていたのなら、必ず映りこむ瞬間がある。俺はフレームの中心よりむしろ隅の方に神経を集中させた。


「――んっ?」


 俺が再生を止めたのは、カメラがはしゃぐように大きく動いた直後だった。たしかに右の端に年配男性と若い女が映ったように見えたのだ。


「もう一度だ」


 俺が少し前の映像に戻り再び再生を開始した、その時だった。問題の二人が映った瞬間、画面の端から黒いもやのようなものが出現し、二人のいる場所だけを覆い隠すように包みこんだのだった。


「――なんだこれは!」


 俺は絶句し、今度はコマ送り再生で見ようと操作を開始した。だが、驚いたことに再生速度とはまるで関係なく、黒いもやは二人が出現するとどこからともなく現れて俺の邪魔をするのだった。


「これは普通の編集じゃない。……まさか」


 俺が頭に浮かんだ疑念を口にした瞬間、もやがすっと二人から去って唖然とするような映像が現れた。大垣達がいた席に座っていたのは、元の二人とは似ても似つかない不気味な顔をした男たちだったのだ。


「こいつはマジックじゃない。亡者による霊的編集だ」


 俺は再生を止めると、天を仰いだ。畜生、どうやら冥界でも動画編集が流行っているらしい。俺が腕組みをしてなにも映っていないディスプレイを睨んでいると、ふいに机の上の携帯が鳴った。


「朧川だ」


「あ、カロン?朔美さんが……」


「朔美さん?」


 突然、聞きなれぬ名が出て面喰った俺は、少し考えてはっとした。朔美さんというのはつまり、沙衣が俺の『死霊ケース』に入れて持ち歩いている被害者の浮遊霊のことだ。


「朔美さんが、事件が起きる直前に行ったカラオケ店に行ってみたいっていうから、来てみたの。そしたら部屋が……急に気持ち悪い場所に変わって出られなくなっちゃったの」


「なんだと?……わかった、すぐ行く。場所はどこだ?」


 俺は沙衣に携帯を切らないよう念を押すと、特務班の部屋を飛びだした。


 ――くそっ、やっぱり亡者がらみだったか。しかし……なぜ、俺たちの邪魔をする?


 俺は車に飛び乗ると、沙衣が持ちこたえてくれることを祈りながら、アクセルを踏んだ。


               〈第八話に続く〉

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