第2話

そんなある日、僕たちはサークルの歓迎会に呼ばれた。歓迎会と言っても、僕たちはまだ18歳だから成人している先輩しかお酒は飲まない。


楽しそうなのでもちろん僕たちは参加することにした。



当日、30分前に言われたお店に到着した僕たちは、すでに席で待っていた先輩たちに促されるままに席につく。



お店の中は他の団体客のわいわいした声で


賑わっていて、その和やかな雰囲気に、さっきまでぴんと張っていた緊張の糸がほどけてゆくのを感じた。



サークルのメンバー全員が集まって、注文した18人分のドリンクがみんなに行き渡る。



『新しいメンバーを祝してかんぱーい!』


その合図と同時に、会話の徒競走のようにみんな一斉に話しをスタートさせる。


僕はみんなが楽しそうに話している、その鍋の湯気のように温かくてほっこりする空気にすごく落ち着きを覚えた。



しばらくドリンク片手に雑談をしてこの場の雰囲気に慣れてきたとき、しきり役の先輩がみんなの話を止め、新メンバーの自己紹介をする事になった。



『文学部一年、斎藤 萌華です!よろしくお願いします!』



12人くらいが自己紹介をした中でも、そうハキハキと話す彼女のことがすごい印象に残った。



彼女のことは講義の時に一度見かけたことがあった。ただ、僕たちの座る後ろの席からは遠くからだったのでよく顔を見ていなかったけど。



改めて彼女の顔を覗き込むと、ため息がでるほどに可愛かった。


肩までかかったさらさらで茶色がかった髪の毛、七色の光を集めたように輝いた瞳。


全てが愛おしく思えてしまった。これが一目惚れ… いや、『二目惚れ』なのかもしれない。



そんな彼女は自己紹介のあと、僕のとなりにふぅーっと腰掛けた。


『悠輝君だっけ。同じ学部同士よろしくね!』


『うん。よろしく…』



少したどたどしくそう答えると、にんまりと笑顔を見せる。すると、女子に対する耐性がない僕をみかねたのか、そういえばという風に話題を振ってきた。



『なにか好きなものとかあるの?』




『和歌が好きなんだ!例えば…』



そう答えたところくらいからの記憶がなくなっていた。



次に目を覚ましたときにはなぜか自分の部屋で外着を着たままきっちりとベットに横たわっていた。



『あのあと、どうしたんだっけ?』



僕は未成年だからお酒は飲んでいないはず。だったらなんで記憶がないんだろうか。


はっ、もしや睡眠薬でも入っていたのか?



急に得体の知れない恐怖が押し寄せてきて不安になった僕は、一緒に飲み会に参加していた優斗と遥太にLINEで聞いてみることに。


しばらくすると優斗から返信が返ってきた。



         『おはよう!』


         『すまん。』


         『俺さ』


         『昨日の記憶なくて』


         『何してたか』


         『わかる?』



『おはよう!』


『昨日のお前やばかったぞ』


『お酒の匂いで酔っちゃってさ』


『萌華ちゃんが連れて帰ったぞ』


『羨ましい!!』



         『まじで!?』


         『何で!?』


『なんか』


『おんなじアパートらしくて』


『「じゃあ連れて帰ります。」って』



         『まじか!』


         『探してみるわ』





僕は慌てて玄関を飛び出してアパートの部屋の表札を一部屋一部屋見ていく。



「303 斎藤」


自分の1つ下の階の表札にそう書いてあった。見つけた!



『ピンポーン』


『はーい。』



そう言ってドアを開けた人は、やっぱり彼女だった。彼女は僕の期待を裏切らない、ピンクのモコモコした部屋着を着ていた。



『あ、悠輝くん!どうしたの?』


『とりあえず上がって!』



『あ、うん。お邪魔します。』



勧められるがままに部屋に入ろうとする。しかし、今まで慌てて探していたから考えていなかったが、果たして部屋に入ることは良いことなのか。



一瞬足がすくんだけど、今さら断れない、と覚悟を決めて部屋にお邪魔した。



促されるままに部屋の真ん中におかれた椅子に座ると、部屋全体を眺める。白とピンクを基調としたシンプルで上品な部屋だった。



彼女も二人分のお茶を持って僕のところに一つを差し出して席につく。そして昨日のことを申し訳なさそうに話してくれた。



たまたま家に帰るときに、俺が部屋に入っていくところを見かけていたらしい。



自分が家を知っているから、と家まで送ってくれたということだ。



優斗の言っていたことの確証が得られてひと安心しつつも、なぜか少し悲しくなってくるのは何なのだろうか。



一通り話して一区切りついた頃、そういえばというように


『悠太くんって和歌好きなんだよね?』


と聞いてきた。


『そうだけど。どうして?』



『実は私も和歌が好きなの。』



『本当に!?』



その日は日が暮れるまで、時間を忘れてアニメの話で盛り上がった。


去り際に彼女とLINEを交換して、これからも和歌の話をしようと約束をした。



でも普通の男子大学生だったら、可愛い女の子と話せることは喜びしかないだろうけど、今の僕の心のなかは嬉しさと悩ましさが入り交じっていた。



僕は来年の8月31日にアメリカに行かなければならない。


今こんなに楽しい思いをしてしまうと、行くのが辛くなってしまうのではないか。そんな悩ましさが僕のなかであった。


彼女が僕のことを好きでいてくれてることはないだろうけど…。



そんなことを思いながらも、彼女と僕は同じアパートということもあって、8月に入る頃には毎日遊びに行く程の仲になっていた。



彼女と仲良くしていくうちに、そんな心の中の葛藤は日に日に肥大化していってしまい、自分では抱えきれなくなっていった。



このままではまずいと思い、優斗と遥太に相談することに。



7月の中旬のある日、話があるからと伝えて講義が終わってそのまま近くのカフェに3人で直行した。



『かくかくしかじかで…』


事情を二人に説明すると、


『へぇー。あの研修に参加したんだ。』



こいつらはもう俺の親友。何もかもをさらけ出せる唯一の友達。だから相談したんだ。



そう伝えると、二人は満足そうに



『よし、お前の悩み全部解決してやる!』


と、真剣に相談に乗ってくれた。



優斗は僕に、


『その子と仲良くしなかったら、きっと向こうで後悔するはず。どっちにしろ後悔するにしても、なにかしらアクションを起こした方が楽だよ。』



遥太は僕に、


『どうせもうこの学校に居れる時間は限られてる。思い付く限りの一番積極的な行動をするといいよ。』


そう言ってくれた。


二人の口から名言が飛び出た。


「これは頑張らないと。」そう思いながら握っていた珈琲カップをさらに強く握りしめる。



そして僕は相談に乗ってくれたあいつらの言葉を噛み締めて席をたつ。あいつらと別れたあとで彼女にLINEをしようとしたとき、なんと彼女から電話がかかってきた。



『もしもし? あのさ、今日は…』



『あ、もしもし?今日は気分転換に公園に行かない?』


彼女の言葉を遮ってしまった。



『えっ? いいよ! なんかお菓子とか買って行こうか。部屋で待ってるね!』



『分かった。またね。』



『バイバイ!』





一旦深呼吸しよう。ふぅー。



『よし、行こう。』



そうして僕らは今公園に来ている。


二人でお菓子とジュースを近くのスーパーでたくさん買って。



セミの合唱がラスサビを迎えた蒸し暑い公園のベンチでお菓子とジュースを食べながら、いつものように雑談をする。



やっぱりこの時間は幸せだ。



僕はタイミングを見計らって、こんな話題を振る。



『ねぇ、和歌の授業あったじゃん。今からテストしよ!』



『えっ、なにそれ面白そうだね!』


食いついてきた。すかさず僕はルールを説明する。



『自分で作るのも良いし、すでにあるやつを言っても良い。自分の今の気持ちをより素直に表現できた方が勝ちね!


先に俺からな!』



「思へども 験(しるし)もなしと 知るものを なにかここだく 吾が恋ひ渡る」



〈意味〉


いくらあなたを思っても甲斐がないと分かっているのに、どうしてもあなたが恋しい。



『えっ!?』


彼女の顔が赤い絵の具を被ったように耳まで真っ赤になっていく。



『ちょっと待って!』


恥ずかしかった僕はすかさず


『はい萌華の番!どうぞ!』


と彼女に考える隙を与えない。



「夏の野の 茂みに咲ける 姫百合の 知らえぬ恋は 苦しきものぞ」



〈意味〉


夏、多くの草のなかでひっそり咲いている姫百合のように、あなたに知られない恋はとても苦しい。



そう言われた瞬間、一瞬だけセミの鳴き声が止んだ気がした。



『えっ!?まじで!?』


彼女だけでなく、自分も驚きと恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にしてしまう。



僕はほんとは告白したあとに振られることを前提に、自分の気持ちを伝えて諦めようと思っていた。



なのに、両想いになってしまったことに、少し焦りを感じてしまう。ホントに良いのだろうか。

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