第19話 閑話 美和と手話サークル
「克己くん!お仕事お疲れ様です」
昼の休憩時間に、美和は克己宛てにメールを送る。実際会った時は「克己」と呼んでいるのに、メールでは君付けしてしまう美和だった。
「早く克己に会いたいなぁ。仕事が終われば、今夜会えるんだ」
美和は今夜会えるとい嬉しさで、胸がいっぱいになる。待ちきれない感情を隠せずに、口角が上がって気持ちをウキウキさせる。
克己と知り合って二週間。平日は互いの仕事がある為、華金の夜しか会えない。
毎週金曜日の夜には、美和の住む市内にある手話サークルが開催される。
克己は市外から美和に逢うために足を運んでくる。
手話を覚えるためのサークルではあるけど、若者たちの頭の中は「出会い」が大部分を占めているのかもしれない。
純粋に手話を覚えたくて来る人も少なくないのですが。
美和と克己にとって「手話」はコミュニケーション伝達の手段の一つであり、覚える事よりもとにかく!
「克己と話がしたい。早く会いたいよう」
「美和に会いたい。美和と話がしたいんだ!」
二人の目的が一致し、思考のベクトルが一直線に連なっている。お陰様で、二人が互いに必要な手話や指文字を少しずつ習得していける。
「あなたが好き」
「愛している」
「会いたい」
「デートに行こう」
二人がどうしても使いたい手話については、湯水の如く次々と吸収していく。
克己が半年かけても覚えられなかった指文字を、この二週間で覚えたというし。私も頑張って覚えなくちゃ!
克己に聞くと、指文字を覚える必要性をそれほど感じていなかったそうで。
克己は美和と付き合い始めて、美和との会話の齟齬を少しでも減らそうと指文字を習得していった。美和はある程度克己の発音に慣れてきたとはいえ、多少の間違いはある。たった一文字違うだけで、別の意味に捉えられる事もある。極力ミスを減らす事で、いらぬ誤解を避ける事に繋がる。
美和も同じく克己と自身の為にも、手話と指文字をどんどん覚えていく。
それでも二人の会話は基本的に、発声によるコミュニケーションが主体になっている。美和は克己の発音のイントネーションの癖を掴み、大体何を話そうとしているのか理解出来るようになる。
最初は半分くらい聞き取れたら良い方だったのが、次第に理解し始めていく。
このままいくと、9割ないし10割近く理解出来る事だろう。
美和の「克己の声を聞きたい」という気持ちが強いからこそ、成せるようになった事なのかもしれない。
一方、克己は美和の唇の動きを読み取る「読唇術」が欠かせない。
時には読み違いが起きるもので、その時は克己は聞き直すようにしている。
この読み違いを補助していく為の手段が「指文字」である。
克己がうまく読み取れなかった時に、美和が指文字で伝えるだけでだいぶ改善されていく。
この二人の関係が、コミュニケーションの向上を図ると共に密接になっていく。
この時はまだ、美和にフィアンセがいる事を知らない克己。つくづく罪な女性、美和である。
この時期の美和は既にフィアンセとのやりとりを殆どしていなくて、仕事で疲れたと返すだけであった。
最初は罪悪感を持っていたものの、克己と共に成長していける喜びが大きい。日々この喜びを噛み締めていくうちに、フィアンセの存在はどうでも良くなって、克己のことでいっぱいになる。
耳の聞こえない克己との出会い。
手話と指文字を少しずつ交えながらのコミュニケーション。一つ一つ会話していくうちに、自分自身が一日一日成長していくのがわかる。
「私って、まだまだこんなにも成長していけるんだ」
克己と出会えていなかったら、芽生えなかったかもしれない感情。
美和は克己に感謝しながら思う。
「克己。大好き」
———
<あとがき>
桜俊です。
今回で、美和視点による閑話はひとまず終了です。
この話で美和がフィアンセより、克己の方へ接近していく心情を伝えられたかな?と思います。
読者の中には、何かと新しい刺激を受けて夢中になったという経験。ありませんか??
筋を通すのであれば、きっちりと別れてから克己と付き合ったら良かったのに!と思うのは自然な事だと思います。
もしかしたら美和は、別れを切り出していたら手話や克己どころじゃなくなる。そんな予感がしていたのかもしれないですね。
さて次回は……克己視点に戻ります。
いよいよ異世界へ??
目が離せない展開になると思います。
暑くてダウンしそうではありますが……
どうか、応援よろしくお願いいたします。
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