第18話 閑話 克己との出会い(美和編2

 手話サークルの飲み会で貸し切りになっている和式の座の間。

室内に三列並べられている長いテーブルを挟んで、部屋中に座している男女の手指が飛び交うように踊りだす。

「手話」を知らない者からすると、手指でダンスを踊っているように見える事もあるだろう。


そんな最中、室内の隅っこの方で手話を使わずに飲み交わす男女の姿がある。

目前の男のグラスに向けて、瓶からビールを注いでいく若い彼女。

手話サークルに通って数年の友人に、誘われての参加。彼女は手話サークル自体、初めての参加になる。


「美和です♡」


と記名した箸袋を目前の男性の方へ差し出す。

美和自身、初対面の人に向かってハート模様を付ける事は初めての事である。にもかかわらずハート模様を付けたのは、心情的な要素が影響したからだろうか。

目前の克己と名乗った耳の聞こえない男性と話をするまで、手話が使えない事で会話が出来ず心細かった。

この場において、手話を用いずに話をする2人は意外と浮いている。


正確には、手話で会話する事が一般的な場での「手」の動きの沈黙。

幸いにも周囲は話し相手に集中していた為に、介入する事はなかった。

もしかしたら良い雰囲気の二人に気を使ったのかもしれない。


美和は目前にいる男、克己をまじまじと観察していく。

一重ながらキリリとした眼に、鼻筋が通って整った顔立ちをしている。

見れば見るほど、私のタイプだと気付く。

美和は目前の克己に対する好感度が高まっていく事に気付き始める。


(ヤバっ!一目惚れしちゃったかも)


この時美和は、克己に強い関心を覚えて質問し始める。


「あの……あのっ! 克己さんは彼女さんいるのかな?」


美和からストレートな質問を受けた克己は、数秒ほど答えられずに口ごもる。


(やっぱり克己さん、彼女いるんだ)


残念そうに目を伏せる美和の仕草を感じ取った克己は、フォローを入れるように質問に答えていく。


「いきなりの質問でビックリしたんだ。俺は今まで女性と付き合った事は無い」

「えっ?ホント??」


なぁんだ。彼女がいるとかじゃなくて、ビックリしちゃったのね.克己さんと付き合いたいな。

喜びの感情でいっぱいになった美和の気持ちが、克己へ向けられる。


この時点で美和にはフィアンセの存在があるのだが……

基本的に受け身で自分の言いたい事が言えていないこの頃。フィアンセとの交際にマンネリ感をおぼえていた。美和はフィアンセとは最初の恋愛になる。幼馴染で付き合い始めた頃はよかったものの、過保護で箱入り娘と言われても否定出来ない現状。私たち付き合っているの?と時々疑問をおぼえるようになる。そこへ「克己」という、私の気持ちが大きく揺さぶられる存在に出会う。


この時点でフィアンセと克己。その存在の比率が大きく変化する。

美和は初めて味わった、この感覚をより強く味わいたい。長く感じていたいと、欲が強くなってくる。きちんとフィアンセと別れてから、克己と付き合えば良かったと後悔するのは先の話。

自己主張の弱さが災いして、恋愛感情が勝ってしまったがゆえの行動をとるのであった。

そんな美和の気持ちがハートマークに表れたのである。


「克己さん。私は手話出来ないんだけど、なんか私たち話が出来ているみたい」

「お……俺もそう思うよ。俺も手話少ししか出来ないから……」

「なんか私たちの相性いいみたい」

「そうかもね」


とんとん拍子ひょうしで二人の会話が弾む。

克己にとって美和はとても話しやすいのか、唇の動きが読み取りやすくなってくる。また美和も克己の発音の癖を掴みだして、おおよそ何を発音しようとしているのか順応しだす。

この二人が集中してやり取りする様子を見て、介入してきた人が二人いたのだが。美和は初めての参加なので手話が出来ない。この為、手話でコミュニケーションをとろうとやって来た人との会話が続かない。結局介入した人は諦めて他のグループに移って行く事となり、美和と克己の二人の会話が再開される。


克己さんは飲み会は友人に無理矢理誘われて、仕方なく飲んで食べていくつもりだったようだ。それが私との会話を楽しんでもらえているみたい。


「克己さん。私もっと話したいな」

「俺も美和さんとたくさん話したい」

「よかった!今度一緒に食事しない?」

「いいよ。俺も一緒に居たい」



ピピピピピピピ……



終了のアラーム音が鳴った事で、二人の世界に浸る時間が終了を迎える。


「もうこんな時間!もっと話したい!」

「俺もまた話したい」

「でも今日は……お友達を送らないといけないから」

「そうだったね。美和さんお酒飲んでないし」

「残念。でもまた会えるから。また会いたい……」


飲み会に参加した人たちは会計を済ませて、玄関口に向かう。


「み~わ~!」

「千佳っ!私を置いてけぼりにしたでしょ!」

「ごめーん!でも楽しめたんじゃない?手話教えてもらったんでしょ?」

「ううん。手話は全然覚えられなかったけど、話が出来て楽しかった!」

「えっ?」

「克己さんだって。手話覚え始めたばかりみたい」

「そうだったのね。美和も頑張って手話覚えるんだよー?」

「うんっ!あっ、待ってね」


美和は何かを思い出したように、筆記用具を取り出して書き込む。

そのまま急ぎ足で克己の元へ駆け寄っていく。


「克己さん!」

「美和さん?どうしたの?」

「こ……これ!待ってるね!」


美和は克己に紙切れを渡す。


< 美和です♡  

   ××-××××× 待っています♡ >


最初の自己紹介で箸袋を開いて書いた物に、連絡先を追記したものだった。


美和が克己に紙切れを渡した瞬間を狙っていたように、千佳が横から近付いてきた。


「み……美和……?」

「あっ!千佳!なんでもない。行きましょう!」

「でも今の……?連絡先だよね?智洋さんの事は良いの?」

「それは言わないで」

「……何かあったら私は……」

「帰りましょう」


美和と千佳は互い気まずいまま、車で帰っていくのであった。




ーーーーーーー


<あとがき>


 こんばんは、桜俊です。

エアコン無しですが、何とか暑い日々を乗り切っています。

大変お待たせしました。諸事情で筆を執ることが出来ず申し訳ありませんでした。


閑話は展開を変えて数回続きます。

美和と克己の恋愛の話だけでなく、コミュニケーションの様子を描写出来たらと思います。最近は手話や聴覚障害者たちに関わる機会を増やしまして、様々な勉強を始めました。何かの形で作品に役立てられたらと思います。

その後にどのような流れで異世界パートとなるのか?お楽しみください。


次話は8月の第一週の半ばを予定しています。

皆さまもどうか、お体に気を付けてお過ごしください。














































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