第17話 閑話 克己との出会い(美和編

 残雪が日陰に、ちらほら残る冬の夕方。

駐車場で名前を呼ぶ声が響き渡る。



「美和~~~」



「美和!早くおいでよ!」

「千佳。ごめんごめん。ちょっと準備に手間取っちゃって」

「もう。美和はいつもドジだよね」

「えっ?」

「ほら……。なんで助手席の方にいくのかな?さぁさぁ!運転手さんはこっち!」


千佳にドジっ子をそそのかされて運転席へと周る美和。

美和と千佳は小学時代からの友人で、付き合いは長い。

二人はこれから、手話サークルの集まりの飲み会の集合場所に向かう所だ。

日常会話が多少出来るレベルまで手話を学んできた千佳が、手話に興味を持ち始めた美和を誘う。


「私も手話覚えられるのかな?」

「優しい美和なら、きっと大丈夫よ。相手の気持ちになって話を聞く姿勢が大事だと思う。そうしたら向こうも心を開くはずだから」

「私にできるのかな?すごく緊張しそう」

「最初はそうかもね。今日は話は出来ないかもしれないけど、サークルの雰囲気を感じるつもりで楽しんで」

「わかった!頑張ってみるね」


初めての手話サークルへの参加で多少の不安をおぼえるものの、参加を決めたのは美和自身だ。

美和は初めての参加という事で不安を隠せず、お酒は飲まずに運転役を買って出る。

車を駐車場に停めて、二人は飲み会の会場に到着する。


 今夜の飲み会は畳の間を貸し切りにしている様だ。参加者たちは次々と、気のおけるグループで固まっていく。

美和はどこに座ったらいいのかわからず突っ立っていたので、千佳が手を引いて中央テーブルに着かせる。千佳は手話サークルに通い始めて一年とちょっと。今回の参加者と何度も顔を合わせているので、抵抗無く席についている。

どうやら室内には30人ほど集まっている様子だ。

長いテーブルの向かいに座っている面々に挨拶していく。


「こんばんは」

「こんばんは」


皆同じ手話表現で最初の挨拶した事を皮切りに、矢継ぎ早に手話トークの応酬が繰り広げられていく。


「初めまして」

「久しぶり」

「健常者ですか?」

「どこに住んでいるんですか?」


次第に手話初心者である美和が読み取り出来ないスピードで、会話が飛び交う。


(ち……ちょっと速いよ……)


美和は読み取りが出来なくなって、不安な気持ちが募って千佳に声をかける。


「千佳……ちょっと手話早くてついていけないんだけど……?」


隣にいる美和から声をかけられた千佳は周囲を見回すと、隅っこの方で黙々と飲食を続けている人を見つける。


(あの人話し相手居ないみたいだし、良いかもね)


「ほら。あそこはどう?一人になっている人が居るから、ゆっくり手話教えて貰ったら?」


と、千佳は催促するように視線を隅っこに向ける。

釣られるように美和は、千佳が向けた視線を追う。

貸し切りにしている畳の間の隅っこで、一人酌しながら飲んでいる男性が美和の目に留まる。


テーブルの端っこで一人飲んでいる男性を観察する。

美和と同じくらいの20代前半だろうか。どこか寂しげで遠くを見つめている。しかし「ぼーっ」とした無気力な類でなく、瞳の奥底にエネルギーを蓄えているかのような眼光の鋭さが垣間見える。視線は飲み会の場でなく、どこか遠くに向けられて見える。


(ばしっ!)

「ほらっ!行ってきなさい!」

「わわっ!もう……行ってくればいいんでしょ!」

「応援してる!」


ふいに美和は背中をはたかれて、隅っこの男に近付いていくように後押しされる。


(せっかく千佳に後押しされながら、ここまで来たんだ。頑張ろう私!)

美和はきゅっと小ぶりな唇を引いて、男の反対側をテーブルで挟んで声をかけていく。


「あ……あのっ!ここ良いですか?」


美和は目前で座っている眼光の鋭い男に、おそるおそる尋ねる。

目前の男は誰かが座る事を想像していなかったのか、きょとんとして承諾する。


「あ……ああ。いいよ」


自然な受け答えに、美和は疑問を持つ。

(私と同じ健常者なのかな?)


「えっと、初めまして。美和です。耳聞こえるかたなんですか?」


目前に居る男にとって発音が早過ぎたようだ。

男は鋭い眼光を変えず間一髪で返事する。


「xJうみbあせん。もう一度ぉnえがいxthiあす」


謎の言葉を聞いた美和は固まってしまう。

目前の男は失敗したと感じて、人差し指を立てるジェスチャーと併せて言い直す。


「XうみまJxえん。もう一度」


美和は謎の言葉であっても真剣に聞く事にした。

(あ、ひょっとして)


「すみません、もう一度って言ったの?」


美和は繰り返された言葉から何となく単語を思い浮かべて尋ねる。


「うん。もう一度」

「よかった……」


美和は安堵の表情を浮かべて、もう少しゆっくりと発言していく。


「初めまして。み・わ・です。あなたは耳聞こえない?」


なんだか、先ほどまで鋭かった目前の男の眼光が柔らかくなる。

私の言葉が伝わったのかな?あんなに鋭かった眼付きが優しくなっているんだし。


「初めまして。かつみです。耳聞こえないです」


目前の男の口から、たどたどしくも一所懸命な言葉が出てくる。

(そっか、私の勘違いだったんだ。宇宙人だと思ってしまってごめんなさい)

美和は目前の「かつみ」と呼ばれる男に、心の中で謝罪する。


「えっと……漢字は、こう書くんですよ」


美和は卓上にある書けそうな割り箸の袋にしていた「箸紙」を見つけて、自分の名前を書き込んでいく。


「美和です♡」





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