第16話 16

 連なる山を抜けて開けた場所に出たものの、周囲を山で囲まれている事に変わりない。

曇りがかって太陽の方角がわからないと、山々に囲まれている為に方角を見失いそうだ。

このような場所に雨露をしのげて休めそうな所があるのだろうか?と、不安が募る。


<15:00>


 何とか小ぶりなコンビニを見つける。24時間営業ではなく、夜20時には閉まるようだ。

克己は手持ちの荷物や財布を確認する。

千円札が二枚と、小銭が数枚が確認出来た。

この程度の所持金で遠くまで歩いて来た克己。

冷静であれば所持金を多めに持参、もしくはお金を引き出すカードの類を用意できたはずだ。

それさえせずに、バイク店からそのまま歩いて来たのだ。2,3日分の食費くらいしか無い事に気付く。

徹夜で歩き通して、何も食べていない。

安く食べられるものをと、コンビニ店内で物色していく。

おにぎりと、カップ味噌汁。それからペットボトルお茶で済ませる。

おにぎりの具材は味噌汁と合いそうな昆布を選択した。

克己はコンビニの表に出て、座れそうな車止めブロックを見つけて腰を降ろす。

脚の疲れから、立っているのもしんどくて腰を降ろさずにいられない。殆ど車が通らず、暫く車が来る事は無さそうだ。万が一、車がやってきたら立ち退くつもりではあるが……

一日振りの食事だ。今頃になって、寝食を忘れて歩き続けていた事を思い出す。

即席とはいえ、お米と味噌汁が食べられるという事は改めて幸せな事だと思い知らされる。


(これぼっちの量なんだが。これは旨いな)


空腹と疲労による影響もあるのだろうが、日本人としていつも食しているお米と、味噌汁の旨さがより身に染みる。


<15:35>

 コンビニの表にある車止めブロックが意外にもくつろげる。


(さて、どうしようか……)


克己は現在の状況を確認をと、思考整理していく。

コンビニの時刻を確認すると、15時半過ぎという事がわかる。何も考えず歩き続けて、たどり着いたこの地を確認しなくては。

足の疲れが少しでも取れたら、店員さんに尋ねてみよう。

それから暗くなりこの地方の店が閉まるまでに、夜を明かせる場所を探さないと気が休まらない。自分の足で探してみる事にするか。寺院、神社。もしくは公園なら見つかるはずだ。今後の移動目標を大まかに決めた克己は、残りの所持金で何日食い繋いでいけるのか計算する。一日二食で500円。これで食費は三日分。あとの500円といくらかは予備に取っておこう。


足を休めて食事出来たことで、多少回復してきた克己は店内に戻る。まずは店の所在確認。関市広見支店とある。どうやら岐阜県の関市だったようだ。

(後で知ったのだが、彼女の家の近くまで通過していたので90㎞ほど歩いていたのである)

体感的に、100㎞くらいは歩いたんじゃないのだろうか。(実際には約90㎞)

よくここまで来たなぁ、と自分自身に呆れる。

大体の現在地を知ることが出来たので、雨宿りになりそうな場所を自分の足で探しに行く事にする。

良さげな寺院や神社、公園があれば良いのだが……



<17:30>

 ふと小学生たちが遊ぶ公園を見つける。

寺院などは地図などで確認しないと、見つけるのが難しそうだ。もしかしたら歩いてきた方向には無かったのかもしれない。

公園の境内に建っている、あの東屋あずまやなら雨露を凌げそうだ。肌寒いのはどうしようもないが……。薄手の作業服の上に厚手の袖無しベストという、寒さに弱そうな格好である。ここまで歩いてくるのに、作業服が頼りなくて寒かった。この為に防寒対策として、大きめのビニール袋でも買ってくるか。


<18:00>

 公園から真っ直ぐコンビニに戻る。

公園へは、遊ぶ子供たちが居なくなった頃に向かうとしよう。作業服という仕事着のままの格好をしている克己。不審者扱いされたら困るものだ。

夜の分の食事と、大きめのビニール袋を買っておこう。

日持ちする「赤飯おにぎり」を三つほど買っておく。あとは現地で暖かい物を用意したいのだが…… 所持金が少ない為、良い方法が思い浮かばない。

ビニール袋で寒さを凌ぐしかない。

この辺りには百円均一ショップが無い様だ。残念な事である。

本当ならビニール袋ではなく、ビニールカッパを買いたい所。

自衛隊員が寒さをしのぐ際に、迷彩柄の仕事着の中に着る事もあるそうで。克己は土木作業などの工務で屋外での作業が多くなる。身体の熱を逃がさない為の工夫で、普段はウインドブレーカーなどを作業服の中に着ていた。現在は会社から逃げ出して、無職予備軍ではあるが……

今や4月の終わり。気候は既に暖かい日が続いていた為、ウインドブレーカーを着ていく事はなくなった。

だがここ数日間、雨が肌寒い。特に夜だと、現状の薄手の作業服では風邪をひいてしまうだろう。どうにかして暖かいものにありつきたい。


<19:30>

 ぶらぶらしながら目的の公園に戻る。流石に薄暗くなってきた現在、遊ぶ子供たちの姿はない。これならゆっくり公園で過ごせそうだ。

克己は空っぽになったペットボトルに、公園に備えられている飲用水を注いでいく。ちょっとした公園であれば、どこでも水が飲める点は有難い。

東屋の屋根の下には木のテーブルとベンチが備えられている。

眠くなったら、ベンチで横になるとしよう。

現在の手持ちの食料はおにぎり3個のみ、と心許ない。今夜は、おにぎり1個をゆっくりと噛みしめて食する。

身体を動かさずにじっとしているほど、美和の事を思い出してしまう。

克己にはこの思いを打ち明けられる友は居ない。少しでも胸中の想いを吐き出すことができれば、多少冷静になれたのだろうか……?

頭で思う以上に、身体が疲労している。現在は、美和への想いが身体を突き動かしている。それゆえに眠ろうと思っても、なかなか眠れるものではない。


<21:00>

 公園の灯かりは東屋から離れている為、寝転がっている木のベンチは薄暗い。

この暗さだと、克己は耳が聞こえない為人の会話が読み取れなくなる。唇の動きを確認するためには、ある程度の灯かりが必須である。もっとも現在は一人である為、灯かりは無くても問題は無かった。目を閉じれば、いつでも無音である、本当の闇の世界へと変化する。


(昨夜だったか、あの時は美和の夢を見た気がした。背中が「ぽうっ」と暖かくなる感覚に、また出会えるのだろうか?)


克己は気を失ったであろう昨今の夜。おぼろげながら身体が感じ取った暖かさを、思い出さずにいられない。出来る事なら、あの暖かさを再び感じたいものだ。その為にと目を瞑って、暖かさの元を思い出す事を試みる。

 


(……)



(……)



(……)






どこかから、克己を呼ぶ声が聞こえてくる。いや、正確には脳内に言葉が入ってくる感覚をおぼえる。



(……かつ……み……)



今確かに、美和の気配を感じたのだ。

耳から?いや、俺は耳が聞こえないので、「耳から音を聞く」という事が理解出来ない。聞くとしたら、脳内に直接響くか、振動として身体に伝わるか?の二択しかない。しかし今回は身体に響く類ではない。


(誰だろう?俺の頭に直接話しかける人は……)


脳に直接響くという事、実は克己自身は初めての出来事ではない。これまでの人生において、数回体験している。ただ頭痛や空耳などと区別がつかない。

そうだ。いつも夢の中では、色んな人と話をしているじゃないか。コミュニケーションの不便など一切感じずに、互いに何を話しているのか瞬時に理解出来る。

克己自身の夢の中なのだから、その中に居る人は互いにスムーズに話が出来ている。という事なのだろうか?今回はその夢の世界での会話とほぼ一緒な気がした。


(夢なのだろうか?)


現在の克己は自分自身の夢の中に入りつつ、自我を保てている。決して特別な事ではない。これまでにも、時々起きている事なのだから。

いつもの事だと克己は安心したように自我を手放して、眠りに入っていく……



……



……
















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