第11話 11

 美和も家を出ていく様子に、智洋と友人たちは慌てて美和を止めようとする。


「美和!!もういいじゃないか! 彼は家を出ていく所なんだぞ。もう終わった話なんだ」


「でも!このままでは克己は死ぬ。自殺するといけないから、家まで送っていく。それで終わりにするから……」


「……ちっ!わかったよ。家までだぞ。それからはどうしようもない」


「わかった。それは約束する」


美和はそう言って、克己の車に乗り込んでいく。


「何故だ?何故そこまでする?」


「お願い。心配なら、後ろから付いてきたらいいから……」


智洋は不機嫌な感情をあらわにするが、「これで終わり」という言葉を信じて送り出す事にする。


「スピードは出させるなよ」


「ゆっくり走らせるから……」


これ以上諭しても無理だと感じた智洋は、大人しく自分の車で克己の車に付いていく事にする。

婚約者として数年間付き合っていた智洋にとって、受け入れ難い美和の行動は腸煮えたぎる思いである。それでもあと少し耐えたら、美和が戻ってくる。


(もう少しなんだ。もう少しで美和は戻ってくる。今日は確かに人生最悪の日だ。だがこれで前向きに持って行けるだろう)


智洋はこれから先の事を考える事にして、今日は最後まで耐える事にした。美和の事は明日から考えて行けばいい。そう考えると、腹立つ気持ちが収まる。


(あの男を殴らないで良かった……。目を閉じているあの男に手を出していたら、美和の気持ちは向こうへ揺れ動いていたかもしれない。あの男に手を出さないのなら、こっちに寄りを戻す約束をした。これで良かったんだ……)


ーーーーー


智洋は時計を確認すると、深夜24時を回っていた。

(もうこんな時間か……)


克己が目を閉じている間に、誰も手を出さなかったのには美和との約束があった。

それにしても目の前を走る、あの男の車。

かなりスピードを抑えているのが、悲しいサウンドを奏でているかのよう……


目前をゆっくりと進む赤い車はスポーツタイプで、ぶっちぎってしまおうと思えばいつでも行方をくらませられる。だがあの男はそんな事はしなかった。

非常に丁寧に、ゆっくりと車を進めている。それも時速40㎞/h前後でだ。

この時智洋は、克己の無念な気持ちを感じ取れてしまう。


「そう……か。あの男、少しでも長く美和と一緒に居たいんだ」


美和と離れたくないという克己の気持ちを感じ取る。逃げ去らない事に対して、気持ちが少し晴れた智洋は感謝の気持ちを呟く。


「悪いな……。美和と先に出会ったのが俺だったという事だ。美和は俺が幸せにするから安心しなよ。……ありがとうな」


もちろん、この感謝の言葉は智洋の車の中にいる誰にも届いていない。

心に余裕を持つことが出来た智洋から克己への、最後の言葉となるのだった……。


ーーーーー


ヴォォォォオオオオ……


耳の聞こえない克己が体で感じ取れる、大口径のマフラーから発せられる低重音を響かせてタイヤを走らせる赤い車。


克己自身も悲しい音だというのは重々感じている。


克己は、美和と手を繋いだまま車を走らせる。

アクセルを踏み込んでしまったら、美和と一緒に居られる時間が短くなる。一分でも一秒でも、少しでも長く一緒にいたい。


ギアはサードに入れて、シフトノブを極力操作しないようにアクセルコントロールしていく克己。

助手席に座っている美和はずっと克己の顔を見つめている。

信号待ちの度にギュッと抱きしめてくる。

くっついて離れない美和を手放したくない、このまま遠くへ連れ去っていきたい。

でもそんな決心はつかない。克己の後ろを付いてくる車がある。

今逃げたとしても、こちらの立場が悪くなるだけ。最後に何も言い返せず負けてしまった克己は、どうしたら良いのかなど何も思いつかない。


『美和……美和……俺は……どうにも出来なかった……』


「克己……ごめんなさい……でも、私の好きは本気。でもどうしようもなかった」


互いに辛い気持ちを抑える事無く、幾筋の涙を流していく。

悲哀に暮れる二人に似つかわしくない、赤い輝きを放つ車体が夜の道を切り裂くように尾を引く。やがて信号待ちに入る。この信号は五差路の為、やや信号が長めだ。

美和は身を乗り出して、克己に熱い口づけをしていく。


「……克己……。あの時……最後まで私を抱いてくれたら、あなたを選んでいた。」


『⁉』


一瞬何を言われたのか、ハッキリと確認したい克己は再度尋ねる。


「あの時、最後まで私を抱いてくれたら……あなたを選んでいたの……」


聞き間違いではない様だ。確かに、「抱いてくれたら」と……。だが何故だ?抱かなかったのが理由になるの……か⁉ わからない。何故抱かなかったのがダメだったんだ?? 克己の頭の中で、まとまらない負の思考がグルグル回る。


信号は既に青になっていた。


信号の色が変わった事に、気付かないほど気が動転している克己。本来なら、進行しなくてはいけない。

現在深夜の24時を過ぎ、すれ違う車も並走する車もほとんど見かけない。

克己の赤い車の後ろで停車している智洋はクラクションは慣らさず、ただ静かに見守っている。同じ女を本気で好きになったあの男に敬意を示しての、心の余裕を見せる。


二度目の赤信号を理解した克己は度々尋ねる。


『もしあの時、美和を抱いていたら良かったのか?』


「うん……あなたの子供が欲しかった。そしたら智洋と別れる事が出来た」


『美和は本気で俺の子供が欲しかったのか……』


美和は頷く。


     「 後悔後先立たず 」


終わってしまったものは、どうしようもない。

克己の覚悟が足らなかったのか。

あの時、婚約者の事を打ち明けてきた美和の気持ちを!何故もっと汲んでやらなかったのか? 俺もまだまだガキだって事だな。


(もうどうする事も出来ねぇ……よ……)

















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