第10話 10

 二人で話し合いをする為に、部屋を退室していった美和と智洋。

残された、克己を含めた面々はその場で座ったまま動かない。


克己は思い切って尋ねる事にする。


『皆さんはやっぱり、智洋さんを助けるために……?』


克己の口から出てきた言葉の意味を暫く考えた面々は、互いに顔を見合わせている。

克己となんとかやり取りできる千佳が矢先に立って、応えていく。


「克己さん。私たちは美和さんと智洋さんの友達だから。何とかあの二人の仲を取り持ちたい」

『……』

「克己さん。繰り返すけど、美和さんを諦めてもらえませんか?」

『何故……?』

「今回、美和さんのわがままだと思うから。時間が経てば解決すると思う。お願いだから、身を引いてほしいです」

『それは出来ない』


(くそっ!わかっていたけど、ここには敵しかいない。話し合う事なんて最初から無駄だったんだ)

克己は手を握りしめる手に力が入る。

何とか冷静を保って、震えた声で返事していく。


『みんなして寄ってたかって。これじゃ何を話しても無駄じゃないか!』


克己は声を荒げる。


「申し訳ないけど、私たちの友達を守る為だから……」


この言葉を最後に、克己は何を言っても無駄だと理解する。

ここで誰かを殴って発散してしまいたかった。全てがダメになろうと、どうなろうと…… でもそれで良いのか?と自問自答する自身がいる。

三者を説き伏せる為に、ここに来たのではない。自分の気持ちを美和と共に確認に来た。その事を思い起こして、以降は口を頑なに閉じる事にした。


であるにもかかわらず、美和や智洋の友人たちは暴走したかのように次々と攻撃的な言葉を投げかけている。


これ以上の話は無駄だという事を理解した克己は、目を閉じる事にする。

耳の聞こえない人が目を閉じる事で、外部との情報は全てシャットアウトされる。


強い振動音以外の、人の会話は全て雑音にもならない「無音」となる。

どれほどの大声を発しようと、克己の耳に入る事は無い。


何も聞こえない。


余計な情報は何も伝わってこない。


目を閉じる事で生じた、ほぼ完全な闇の中。


未だに罵詈雑言を並べて攻撃され続けている克己。

克己自身、目を閉じている為にどのような状況になっているのか知る由もない。

目を閉じている事は、急に殴られたりする事を察知する事も出来ない。でも克己はそれでも良かった。


(……殴りたいなら殴れよ……)


二分、三分ほど待っただろうか? それ以上経過しているだろうか?

正確な時間はわからなかったが、いつまで経っても予想していた攻撃はやって来ない。


「……」


頑なに目を開けない克己。


ぎゅっ!


ふいに克己は抱きつかれたようだ。


『だ……誰……?』


目を開けると、胸に顔をうずめた美和の頭が見える。


『み……美和??』


予想していない状況に、何が起きたのか理解出来ずにいる克己。

美和はただ動かず、克己の胸に顔をうずめて抱きついている。


周囲を見回すと、智洋やその友人、美和の友人たちが距離をとって囲んでいる。

でも何も言ってこない。

先ほど克己に対して罵詈雑言など浴びせていたのが、嘘のように静かになっている。


(いったい何があった?)


克己は状況を知りたくて美和に話しかけようと、顔を起こそうとする。美和は起こそうとする手の力に反抗するように、克己の腕にしがみ付く。


話が出来る状態ではない、と感じた克己は待つことにする。

動けない克己は、智洋の顔の表情を確認しようと視線を向ける。

克己に抱きついている美和を見たくないのか、視線を逸らしながら歯ぎしりしている様子が伺える。


(でも美和が抱きついているんだし、どうする事も出来ないな)


克己は美和の頭を優しく撫で続ける。

美和はだいぶ落ちつきを取り戻したのか、顔を見上げてきた。


「克己……。ありがとう。でも……」


美和は呼吸を整えて言葉を続ける。


「ごめんなさい……。私、克己と一緒になれない……」


『え……えっ??』


(さっきまで抱きついていたのに何故?何があったんだ?)


「私たち、これで終わりにするの……。ごめんなさい」


『う……嘘だろう?嘘だと言ってくれよ……?』


「ごめんなさい……」


『そうかよ。色々言われたんだな。俺が聞こえないからと、好き放題言いやがって!俺は……これまでの気持ちは何だったんだよ!』


「……ごめんなさ……い……」


どうにもならないと感じた克己は、やり場のない気持ちを。気を抜くと沸騰しそうになる感情を。どうにか抑えている。


(ここでキレるわけにはいかない。何とか家を出るまで持ってくれ……)


克己はうつむいて、拳に力を入れる。

克己を精神的に突き放した美和は、先ほどのように再度抱きつこうとする。


克己はその手を軽く払いのける。


『同情かよ……同情なんかいらねぇよ!なんでそこまで抱きつくんだよ!』


「克己……」


美和は払いのけられてもまた、手を差し伸べる。

この場所に居られないという気持ちが勝った克己は、家を出ようと出口に足を進める。

美和は克己の腕にそっと手を添えて、謝り続けている。

克己は最初の一回以降は、手を払いのける事無く好きにさせる。


『……』


克己が家を出ていく所を美和も追いかける。









ーーーーー


 <あとがき>

こんばんは、桜俊です。

当作品「音無(オトナシ)」を読んで頂き、感謝です。ありがとうございます。

PⅤやコメントが増えてきたので、感謝の意を表して急遽10話を公開する事にしました!

未だに現世を舞台にしている為、異世界ファンタジー物らしくない展開でございます。ファンタジー物を期待されている方々、もう暫くお待たせします!

応援𠮟咤のコメントは全て励みにします。末永く応援頂けたらと思います。よろしくお願いいたします。

                                 桜俊



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