第8話 08
=美和の部屋=
美和は父と母の3人で部屋に来た。
「美和。あなた、智洋さんがいるのに克己さんと付き合っていたの?」
「はい。克己さんと真剣にお付き合いしています」
「智洋さんとは、ちゃんと話した?」
「いいえ……」
「智洋さん怒って当たり前じゃないの!この後はどのように解決していくつもり?」
「それは……」
「じゃあ、あなた。何の為に話し合いに来ているの?」
お母さんの問いかけに、口ごもる美和。
確かに、話し合いに行くと言い出したのは私じゃない。もっと準備してから来るべきだった。今のわたしでは、あの場の誰に対しても言い返せないほど弱い……
(それなのに、克己は大丈夫!と。話し合いに行くと決めたのも克己。今日は行くのを止めればよかったのかな)
美和は冷静でいることが出来ず、現状を打破していく言葉を見出せない。
「美和。あなたの意志の弱さ。決断力の弱さ。責めるつもりは無いけれど、このままでは良い結果にならないよ」
母の言葉に美和は、意気消沈する。
後が無くなった美和。どうしても解決できる気がしない。克己と一緒になれる言葉がみつからない。
ここで父が口を開く。
「美和。智洋君と克己君の二人を今後はどのようにしたい?」
父の静かな口調で話しながら、鋭い眼光が美和を貫く。
強い視線に当てられた美和は、ゴクリと固唾を飲む。
「わ……私は……かつ……」
美和は最後まで克己の名前が言い出せず、口つぐむ。
「最後まで言いなさい」
力強い父の言葉を前に、強く押し切る事が出来ない。
(克己……克己……ごめんなさ……い)
「……私どうしたらいいのかわからない」
と、答えるのがやっとだった。
三人の間に沈黙がやって来る。
「……」
「そう……か」
父は頷いて会話を続ける。
「美和。もう少し考えなさい。最終的に決めるのは美和です。お父さんはどっちにしろ!とは言わない。二人の男の、これからを考えてみなさい」
「はい……」
美和はベッドに腰を掛けてうつむく。
「考えがまとまったら、下に来なさい」
「美和。結婚は簡単に決める事じゃないの。どちらと添い遂げるか決めていく、覚悟なの。あなたには大人になって欲しいわ」
父と母は美和を部屋に残して、下の階に降りていく。
克己は話し合いした場所で正座し続けている。
美和は大丈夫なのだろうか。
美和のお父さんとお母さん。どちらも厳しそうだった。
いや、フィアンセとの付き合いのある二人に、別の男がやってきたらと思うと。
(当然いい顔しないな……。でも逆上したりせず、毅然とした対応だった。美和は言い負かされそうだ)
不安が頭をよぎった。
不安を隠すように、手を握りしめる。
(いかん。美和を信じて待つと決めた!こうなったら最後までいくしかない)
「肌寒いでしょう。紅茶どうぞ。」
克己の目前に、紅茶を淹れてきた千佳がやってやってくる。
『ありがとう』
「どういたしまして」
克己は熱い紅茶の入ったティーカップを受け取る。
(砂糖もちょうどいい量だな。肌寒い今日は特に、有難い)
克己以外の人たちは少し離れた所に集まって、談笑していた。
(何を笑っているんだろう)
克己の耳には、人の会話が入ってこない。
その為、どのような心情なのか、流れなのか。把握する事は出来ない。
幼い時から自分に対して、ハッキリと伝えてこなかった言葉に対してはどのようにバカにされようと一切気にしない事にしている。
言っている事が理解出来ないのに、腹を立てても仕方ないだろう。
誤解であれば不必要な衝突を生む。進んでケンカを買う必要もない。
克己は好戦的ではない。だが目に力がある為、誤解を生んでケンカを吹っ掛けられる事は度々あった。
若さゆえんに、鋭い眼光を持つ。と言ってしまえば楽ではあるが……
この実直さが克己自身を追い込む事にもなるのだ。
談笑している、智洋たちを含めた6名。
彼らの様子を気にすることなく、美和の事や今後の事を案じていく。
やがて美和の父と母が二階から降りてきた。
美和は一人、部屋に残っている様子だ。
「待たせた。美和は暫く部屋で考えさせている。そのうち下に降りてくるだろう」
「わかりました。待ちましょうか」
美和の父と智洋が話していた。
この会話を千佳から教えてもらう克己。
『千佳さんありがとう。待つしかないですね』
「……」
静かに口を開いた美和の父。
「その必要はない。美和は智洋君の所へ戻す考えだ。悪いが、克己君とは終わらせる」
この返事を千佳から聞かされる。
(ブチッ)
克己の中で何かがはじけ飛ぶ。
冷静さが少し吹き飛んだ克己は立ち上がる。
『それは了承できない』
これを聞いた智洋は立ち上がる。
「おうおう!てめぇは認められないんだよ。婚約している所に割り込んできた奴に美和は渡さん!」
何故かこの時の智洋の言葉は克己にも理解出来た。
『それがどうした!美和が決めるんだ。てめぇが決める事じゃねぇ!』
智洋の剣幕に、克己も立ち向かう。
すると智洋の周りに、ずっと静観していた智洋や美和の友人たちが集まる。
「克己さん!ここは引いてください!」
「美和さんを諦めて!」
「美和さんは智洋さんと話し合うべきだと思う」
その場にいた皆が、智洋の援護に入って行った。
孤立無援な状態に陥った克己は、全身の血を逆流させるほどの怒りをおぼえて、全員を睨み返していく。
『それでも俺は!美和を愛すると決めたんだ!引き下がらねぇ!全員が敵でも俺は負けねぇ!』
普段激情にならない克己が、怒りを爆発させるように吼える。
「この野郎!黙って聞いていれば好き放題言いやがって!」
智洋が克己に向かって握りしめた拳を突き出そうとする。
その瞬間、克己以外の周囲の目が部屋のドアの方へ向いた。
「やめて!」
皆の視線の先に、美和が立っていた。
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