第5話 05


 美和は渾身の思いを克己にぶつける。

対して克己は……未だに気持ちの整理がつかず、一歩を踏み出す事が出来ないでいる。


「……」


先ほどまでしきりに視線を逸らしていた美和だったが、今では真っ直ぐに克己の目を見つめている。

(私の気持ちはもう決まっているんだ。だからどうか、克己も私の気持ちに応えて欲しい)


克己は考える時間が欲しかった。

眼を逸らそうとしなくなった美和の本気を感じ取った克己だったのだが、すんなりと受け入れられるほどの恋愛の経験値は持ち合わせていなかった。

克己は慎重になるあまり、後手に回った考えを選択していく事になる。


「みわ…… 待ってくれ。 考える時間が欲しいんだ。もう少し……」


克己は本気の恋愛になるのは美和が初めてだった。だからこそ美和を手放したくない。その為にもと安全パイである、逃げの手を選択してしまった。

もっと強気で自分の気持ちをハッキリとさせるべきだったと、当時の自分をぶん殴ってやりたい。




「今夜そのフィアンセと会えるか? 会って確かめたい」




全く予想しなかった克己からの答えを聞いた美和は、目を大きく見開いて固まってしまう。


「え…… そんな、会わなくても良いでしょう?」


今思えば、この選択が誤りだったのだろうか?


「克己。あの人に会えば絶対言い負かされちゃうよ。あっちの方が付き合い長いし、親同士も良く知っているから」

「それでも! 俺は逃げたくないんだ! 上手く話せないだろうけど、俺は堂々とぶつかって行きたい」

「殴り合いする……の?」

「みわ……俺は素人じゃない。だから絶対手は出さない。美和が俺とフィアンセ、どっちを好きなのかハッキリさせて欲しいんだ!」


克己は自分でも何を言い出しているのかわからないくらい、気持ちが先走っている。

まるで負けルートを進んで行くかのように。


「克己っ!!」


求めていた答えが返って来ず、美和の気持ちがより不安定になっていく。

悲しみの気持ちが抑えられなくなった美和は、克己に抱きつく。

勢い余ってベッドに倒れ込む二人。




「克己!お願い! このまま私を抱いて!」




美和はキスを重ねてきて、必死にしがみついでくる。

克己もキスに応えるのだが、それ以上手を出す事は出来なかった。




「みわ…… フィアンセの事が解決したら、改めて一緒になりたい」




身を起こした克己は美和に、まとまってきた身の思いを伝える。




「克己は……もう決めたんだね……」

「うん……」




美和はあふれてくる涙を抑えられず、体育座りで丸まっていく。

克己は泣き止まずに消沈している、美和を後ろから優しく包んでいった……




気が付けば夜になっていた。

美和と話して、美和の両親とフィアンセに会えるようセッティングをお願いした。

話し合いは、ほぼ負けるだろう。

それでも自分自身の本気を見せたい。

不器用であろうと、自分の気持ちに嘘をつきたくない。

コソコソ付き合うような真似はしたくない。

もしかしたら逆に殴られるかもしれない。

それはそれで全然構わない。なぁに、殺されはしないはず……だ。


(俺は絶対に目を逸らさねぇ!)


俺の気持ちが少しでも相手に伝われば、上出来なはずだ。

確かに恋愛の事はよくわからない。でも、美和を好きになった気持ちに嘘は無い。

強い気持ちを出し、何があっても逃げないと頑なに決意したのだった。




ホテルを出た美和と克己は話し合いをする前に、腹ごしらえをする事にした。

行く途中に見えたファミレスで、食を採る事にしよう。

ホテルでの話し合いを蒸し返す事は無く、この後どのようにするのかなど決めていく。


「たぶん私のお母さまとお父様、それからフィアンセの3人が待っていると思うわ」

「大丈夫だ。今更引き下がれないだろう」

「うん……私も頑張る……」


この時、美和の顔の表情に影の気配を感じていたのだろう。

(ああ、そういう事なんだ。陰のある女っていうのはこの事なのだろうか)


克己は頭の中で様々な場面を想定する。

美和の両親はどんな人だろう? フィアンセとは、どんな男なんだ?

耳が聞こえるとか、聞こえないとか関係ない。やるしかないんだ。

恐らく美和は約束通り頑張ってみるだろう。しかし、自信無さげだった。言い負かされるだろう。




「くふふふっ……」




克己の口から笑い声が漏れる。

(俺が不安になっちゃダメだ。こんな時に何故笑いがこみあげてくる?)




「克己…… 大丈夫なの……?」




僅かであろうと、急に笑い声を発した克己の声を聴いたのだろう。




……




美和を助手席にエスコートして、フィアンセの待つ地に車を走らせる。




ブォォォォオオオオオ……


克己の乗る赤いスポーツタイプの車のエンジンが吠える。

耳の聞こえない克己であっても、アクセルを開けた迫力ある重低音を感じる事は出来る。

あたりは暗いうえに、雨足が向こうからやってくる気配を感じ取った。




「……嫌な雨だ」




美和はぎゅっと上腕にしがみついている。

克己は美和にシフトノブの反動がいかないよう、ストロークを小さめに操作している。

信号待ちの度に美和が身を乗り出して、熱いキスをしてくる。

(これから大一番だ。俺も覚悟を決めた。この大一番、美和と一緒に乗り切りたい)




「美和…… 一緒に頑張ろう。精一杯やるよ」

「うん!」




この時は美和も前向きだったのだろうな。




キキィ……




出来る限り静かに車を停止させる。

美和の家に着いたんだ。ここで話し合いをする事になるが、厳しい戦いになるだろう。

車から降降りて、美和と一緒に玄関のドアをくぐり抜ける。


「さて、勝負だ。勝つぞ」

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