『6』
半開きになった扉を開けると、光と風が飛び込んでくる。
思わず細めた視線の先には、手すりにもたれて下を眺めるヒメの姿。
風に髪を靡かせる彼女の姿は思わず見とれてしまうほど美しかった。
扉の音に気づいたのかヒメがこちらへと振り返る。
その手には小さな袋。緊張と安堵が入り混じったような表情で口を開く。
「奏くん。来てくれたんだね」
「ごめんね。遅くなった」
「ううん、全然。それに私も心の準備したかったから」
そう首を振って少し近づき、照れたように微笑む。
動作のひとつひとつがつくづく絵になる人だと思った。
「朝はチョコは持ってきてないって言ったんだけど」
そういいながら袋を差し出してくる。
赤いチェック柄の半透明な袋の中には、さまざまなデコレーションのされたチョコレートが入っていた。
「ほんとは奏くんに持ってきてた。よければ受け取ってください!」
そう言われて、今更ながら状況を実感する。
伝言を聞いてからここに来るまでの間、もしかしてとは思いつつも、ふわふわとしたまとまらない気持ちだった。
それが言葉によって明確な形となって理解される。
自分に好意を持ってくれている。
言葉にすると単純で、でもそれがとても嬉しい。
語彙力なんて吹き飛んで、ただ「ありがとう」と返すのが精一杯だった。
チョコを受け取って、沈黙。
少し見つめ合って、同時に目を逸らして、それから照れ笑いする。
恥ずかしくてもどかしくて、でも心が満たされる雰囲気。
何か言葉を紡ごうとして、気づく。
このあと何を言えばいいんだろう。
考えてみると、チョコをもらっただけで告白をされたわけではなかった。
勝手に甘い雰囲気になっていると思っていたけど、付き合ってほしいと言われたわけでもない。
だから、告白をOKするとかそういう返事は必要なかった。
かといって、感謝だけ伝えて終わりというわけにもいかないだろう。
改めて告白するべきなのだろうか。
いや、それよりも自分はそもそもヒメのことが好きなのか。
チョコをもらって舞い上がってはいたが、ヒメとの接点はさほど多くない。せいぜい用事があるときに適度に話すくらいで、まだまだ彼女のことは知らないことばかりだ。
逡巡する姿が感染ったように、ヒメさんもそわそわと足をこすりあわせる。
「えっと……」
口を開いては閉じて、また開いて。
そんなことをしていると、入口の方から物音。
思わず驚いて振り返る。
果たして屋上に上がってきたのは、颯人とヒメの友人の玲奈さん、そして詩乃さんの3人だった。
先客がいるとは思わなかったのか颯人が驚き、そして気まずげに近づいてくる。
「すまん。邪魔したか?」
「い、いや……」
颯人が話しかけてくる。
ヒメの方を見ると、玲奈さんの元へ駆け寄っていた。詩乃さんも連れられて女の子3人。ヒメが玲奈さんに何か声をかけられて慌てている姿が見える。
残念なような、安心したような。
あのまま2人きりだったらどうしていたんだろうか。
「それより颯人たちこそどうしたんだよ?どういう組み合わせ?」
そう尋ねると、颯人は珍しく少し言いよどんで嬉しそうに言う。
「玲奈さんと付き合うことになった」
これまでそういう恋愛話は深くしてこなかったのもあり驚く。
昔から人気は高かったが誰とも付き合っていなかったから尚更だ。
朝の会話で「好きな人に」と言っていた時には玲奈さんのことを考えていたのだろうか。
なんにしても、友人が付き合い始めたというのは嬉しいことだった。
「それでせっかくだから屋上に行こうって話になって来たらお前たちがいたわけだ。詩乃さんは俺たちより前に扉の近くにいたっぽいぜ」
それを聞いて鞄にしまったクッキーのことを思い出す。
何の気なしに受け取ってしまったが、これはそういうことだったんだろうか。
3人の方を見ると、向こうも同じような話をしていたのだろう、玲奈さんがピースサインをしてくる。
それからヒメの方を一瞥してにやっと笑い叫んでくる。
「ヒメがお返し期待してますだってー!」
「い、言ってないよ!」
ヒメが口をふさごうとして玲奈さんが逃げる。
逃げた玲奈さんが今度は詩乃さんに耳打ちをした。
それを聞いた詩乃さんは顔を赤くして、玲奈さんに背中を叩かれる。
「わ、私も!期待してます……!」
不意打ちの好意にたじろぐ。
気づいていなかった申し訳なさと、それ以上の照れと嬉しさで顔を背ける。
視界に入った颯人はこれでもかというほど満面の笑みだった。
「めちゃくちゃラブコメしてるなぁ」
そう言う颯人に対して玲奈さんが話しかける。
「颯人くんも3倍返し期待してるからね!」
「まじかよ!」
颯人が大げさにリアクションしてみんなが笑う。
雰囲気が一気に弛緩している。
返事は保留のような形になってしまったが、ホワイトデーにはしっかり返そうと思った。
気づけば大分時間も経っており、夕日が辺りを照らしている。
橙に染まる学校の屋上で、同級生と騒ぐ青春。
一瞬を切り取ればそのまま小説の表紙にでもできそうなこの日常。
これが俺のラブコメだ。
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