『4』

扉を開けると廊下とは打って変わったように静謐な雰囲気。

図書室はいつも通り、利用者は誰もいなかった。

既に顔馴染になった図書委員に会釈。

本棚から気になった本を手に取り席に着く。


しばらく本を読んでいると、何やら視線を感じた。

顔を上げると、ちょうど視線の先にいた図書委員の生徒と目が合う。

彼女の名前は詩乃しの。本好きで図書委員として仕事をこなしつつ、よくカウンターで本を読んでいる。

以前本について質問をしたことをきっかけに時々話していた。

本についての知識がとても豊富で、紹介してくれた本はどれも文句なしに面白かった。

本人は話すことに苦手意識があるようで「口下手でごめんなさい」とよく謝るが、こと本に関する話の時には饒舌で、しかも相手に分かりやすく説明してくれる。

心から本が好きなんだなと感心することが多かった。


目が合った彼女は、しばらく視線を彷徨わせた後、カウンターの席から立ち上がり近づいてくる。いつもは彼女から話しかけられることはほとんどないので少し驚いていた。


「こ、こんにちは」


後ろ手を組んで話しかける彼女は、少し緊張した面持ち。

会話が苦手と自分で言うだけあって、いつもこんな感じだ。


「こんにちは。詩乃さん。どうかした?」

「あっ、えっと……」


照れたように顔を背け、おずおずと手を前に差し出す。

その手にはかわいらしくラッピングされた袋が載っていた。


「こ、これ。どうぞ……!」


バレンタインのプレゼント。

リボンのついた袋の中には、上半分にチョコのかかったクッキーが入っている。

もらえると思っていなかったこともあり驚いたが、それ以上に嬉しかった。


「い、いつもお世話になっているので。チョコだと手について本が汚れてしまうといけないのでクッキーにしてみました」


彼女らしい気遣いと懸命さに一層嬉しくなる。

受け取って大切に鞄にしまう。本当はすぐにでも食べて感想を言いたいところだが図書室は飲食厳禁。楽しみは家まで取っておくことにしよう。


「ありがとう。家に帰ったらおいしくいただくよ」

「いえいえいえいえ!」


大袈裟に首を振る。

普段本を読んでいる時の落ち着いた表情や本を語っているときの前のめりに目を輝かせた表情とは違う、初めて見る表情だった。


会話は一段落付き、静寂。

いつもならここで会話が終わるのだが、今日はそのまま立ち去らず、再び後ろ手を組んでいる。

顔を下に向けて、何かを言おうか言うまいか悩んでいるような様子だった。


「他にも何か用事があった?」


話を促すと、びくっと顔を上げ、ゆっくりと口を開く。


「えっと、実は姫花さんに伝言を頼まれていて…」


聞くと、昼休みに伝言を預かっていたらしい。

内容は『放課後に屋上に来てほしい』。


いつも放課後はここに来ているから図書委員の詩乃さんに伝言したのだろう。

学校が終わってから少し経ってしまっているが大丈夫だろうか。


詩乃さんは伝言を終え役目を果たしたかのごとく一礼してカウンターへ戻っていく。

そんな詩乃さんに礼を返し、読んでいた本を棚へ戻してから出口へと向かうのだった。

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