第9話 追憶

「偽らざる己の心を刃にする。忍そのものだろ?」

「任務に徹するが忍。己の心を偽り刃にする。それが忍じゃないのか?」

「つまんねーヤツだな」


——……あの時より、俺はもっとつまんねーヤツになっちまったよ。


 逃走兵から奪った装備品に着替え、猟場と行軍の境界に潜む颯。

——周りは敵だらけじゃねーか。これじゃ、もう潜む意味もねーな。颯とアタシ、疾風怒涛の時間だな!

——……馬鹿言うなよ。お前はもういない。


 この窮地、二人なら笑い飛ばしたのかもしれない。

 迷い無き一択で局面を打開する力が二人ならあった。

 疾風怒濤の二人ならば。

 今の颯には、いつも通り残された一択を選ぶしかない。


 工作に徹しなかった市の爆死、樹林帯の現実を前にしてその姿勢はより強固となる。

 潜むことを怠った忍は捕縛される。

 それを助けに向かう者は、心を刃に出来ぬが故に忍以前の問題。


——裏の裏は表じゃねー。裏の裏は常に裏だ。表裏をも欺くのが忍なんだよ。

 この窮地の心理状態を表情に落とし込む。

 あえて樹林帯の悪路を選び潜み続けた結果、見た目の仕込みも上々だ。

——良し!


「樹林帯にて交戦あり! 先鋒小隊は全滅、我が小隊においては逃走兵多数!」

 颯は工作で知り得た情報を利用し、混乱を装い行軍の隊列へと駆け込んだ。

 その必死の形相、消耗した姿を見れば、誰もが哀れみと労りを持って迎え入れる。

 ましてや眼帯に覆われた隻眼なのだ。


「落ち着け。もう先鋒は鞍馬大隊長が務めている。小隊以下、兵士はこの行軍に合流すれば良いのだ」

 慌てふためく末端の兵士一人、所属や身分など確認するまでもない存在として行軍へと加わる。


——お、さすが颯。お得意の己を偽るだっけ? そういうの上手いよなー。

——うるせー。潜入は忍の基本だろが。

 かつての会話が颯の中で交わされる。


「お前大丈夫か? 行軍に戻れて良かったな」

 自動二輪車に跨がり、歩兵と共にゆっくりと併走する鞍馬隊員ライダーが颯に話しかける。

「……水を頂けますか?」

 水筒ボトルを共有することで、心理的な距離を縮めようと仕掛ける颯。


「鞍馬大隊長が先鋒、機工丸様が敵の忍と逃走兵を捕縛中。兵力を持たない螺旋塔の制圧に一万の軍勢。これ以上楽な行軍はないぜ。もう安心しな」

 情報は聞き出すものでなく、引き出す。

 難なく行軍に紛れると共に、覇王軍の情報を早々に入手する颯。


——あの鞍馬が先鋒とは……工作で稼いだ時間も巻き返される。さらに遺宝兵器と一万の軍勢。事態は思ったよりも深刻だ。創世様に一刻も早く報告したいところだが。


 行軍に上空から影が被さる。

 等しく頭を垂れ、束になった忍衆、逃走兵が飛翔体――機工丸に吊されている。

 六束およそ三十人。

 幾人もの黒い忍装束は、青空を背景に晒し者の屈辱を映している。

 忍衆は颯以外が全員捕縛されていた。


——どーすんだ? 派手にかますか?

——……。

——らしくねーな。疾風の颯はどうした?

——そんな奴はとっくに死んだよ。


 疾風の颯。

 かつての通り名が思い出したくない過去、失いたくない過去を駆け巡る。

 偽らざる心、偽りの心を以て刃とした二人の忍は、あの時確かに風であったと。


「おい」


 無意識すらも装う必要のある潜入において、完全に無意識の間を作る失態。

——まずい。集中を欠いている。

 冷や汗が颯の額をつたう。


「お前、名前は?」

風吹ふぶき

「ん? 女みたいな名前だな」

 その名で己を偽ることが、颯自身への皮肉を込めているようでもあった。


——風吹……。

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