第6話 貢乃市 ~くノ一~
前屈みに倒れる大男。
そのシルエットから突然に現れた長刀の一振り、短刀の突きが、背後に構えた兵士二名を葬る。
直後、女の眼前に槍の切っ先。
長短の刀を交差させ槍を受け流し、槍身をつたいながら兵士への間を詰め、双流十字の一閃で首をはねる。
息をつく間もなく、囲む兵士たちが次々と刀を振りかざし女に迫る。
斬首した兵士を踏み台に、女は直上へ一足飛び。
地上の兵士は見上げることしか出来ない。
——空中では避けられまい。
後方から機会を伺っていた兵士が弓矢を引く。
女は空中で左手を掲げ、小手に仕込まれたワイヤーがニ十メートルはあろうかという巨木に突き刺さる。
一瞬にして巻き上がるワイヤーと共に、女は茂る木々に身を隠す。
放たれた矢が空を切り闇に消える。
訪れる静寂。
死の気配だけが樹林帯を覆い、兵士たちは息を呑み辺りを見廻す。
次は誰の番なのか。
血溜まりに倒れる骸に己を重ねている。
一撃で致命傷を負わせ、一瞬で首をはねるこの殺人術を前に一人の兵士が呟く。
「……
木々が揺れる音、舞う木の葉を見たが最期。
一人、また一人と兵士が倒れていく。
遺宝兵装であるワイヤーを自在に操り、地上への急襲、上空への離脱を繰り返すこの女こそ、額に貢の烙印を持つ女の忍——
兵士たちの意識が上方へ向けられると、市は小手のワイヤーを収納、地上に降り立ち長短ニ双の舞。
一対多数を圧倒するその瞬身を誰も捉えることは出来ず、再びワイヤーを展開。
上空、地上、全方位を捕食者の恐怖で包む”蜘蛛の巣”が張られる。
「おのれぇっ!」
火矢が一斉に放たれる。
市の潜む木々を焼き払い、あぶり出そうと兵士たちは躍起になっている。
闇雲に放たれる火矢は、闇を恐れる者がひたすら明かりを灯すようだ。
払えぬ闇から触手のように伸びるワイヤーが一人の兵士に巻き付き、木々の火中へと投げ込んだ。
——ここで死ぬのか……。
ワイヤーに巻き取られ、業火へと誘われる兵士。
常に奪う側を生きてきた男にとって、奪われることは到底受け入れることが出来ない。
副小隊長から奪った装備品に手をかけ、死の際に異常な笑みを浮かべる。
——全員道連れにしてやる!
閃光と轟音。
その一瞬で、覇王軍の先鋒を務めた小隊は全滅した。
爆心周囲を焼き尽くす爆弾は小隊長、もしくは副小隊長のみが持つことを許された一個小隊の最終兵器。
その実は、小隊の窮地に相手を殲滅するための自爆用。
先鋒に追従していた第二、第三小隊は、携帯端末で先鋒小隊のロスト、全滅を確認する。
行軍の先にとてつもない脅威が潜んでいることを察した兵士たちは、さまよえる樹林帯を逆手に一人、また一人と逃亡を開始する。
「せ、先鋒の小隊は全滅。続く第二、第三小隊において兵士の逃亡多数……」
焦りを隠せない戦況報告が不快である、そう示すように少年は目を閉じゆっくりと頷いている。
——計画通りだ。
忍衆による工作活動、それは創世が時間稼ぎを必要とする状況に追い込まれているが故。
里に釘付けとなった創世の捕縛、発症連鎖による検体の確保は今計画の主眼。
当て馬とはいえ先鋒の小隊全滅は予想外であったが、混乱に乗じて逃げる兵士は好都合。
螺旋塔制圧の後、新たな計画が始まる。
必要な実験体は、兵士の中から調達するつもりであったからだ。
「軍紀で敵前逃亡は死罪だったかな? 確か切腹だよね。でも、そんな死に方は古いしもったいないよね」
灼熱が全てを焼き尽くし、爆風が炎を吹き飛ばした。
爆心半径数百メートルだけが、樹林帯をくり抜いたように焼け野原と化している。
忍頭に与えられた工作活動の任務に、覇王軍との交戦は含まれていない。
雇われの忍でありながら、与えられる任務の先に己の宿命を背負う貢乃市。
その名を餌に、何者かを呼び寄せようという命懸けの戦いの理由。
いずれ相対せねばならぬその存在とは。
長髪の毛先が焼け縮れている。
艶のある黒髪、不意に優しく頭を撫で愛でてくれた母を思い出す。
——幸せはもういらない。
左肩に髪を下ろし、うなじ付近で束ね掴む。
短刀で躊躇無く長髪を削ぎ落とすと、未だ夜の明けぬ虚空へと放つのであった。
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