第5話 行軍殺手

 螺旋塔に向かう覇王軍は、突然の足止めを食っていた。

 行軍を阻んだのは橋の崩落である。

 無論、創世の放った忍衆の工作活動によるものだ。


 先鋒を務める小隊長は、すぐさま携帯端末を取り出す。

 ディスプレー上、樹林帯を通る迂回ルートを使えば距離、到着時刻共に大きな変更が無いことを確認すると、螺旋塔までの行軍ルート変更、情報を全軍へ共有する。


 橋の崩落の情報はあえて伏せた。

 栄えある先鋒を務める小隊長にとって、何事も無く螺旋塔へ覇王軍を導くことが次の出世に繋がる。


——橋の崩落は人為的。この報告義務の違反は避けられない。だが、何事も無く完遂すれば……。

 支給されたばかり、小隊長位上が着用を許される仮面の下に冷や汗が垂れる。

 小隊長は、余計な情報で行軍が少しでも乱れることを危惧し情報を秘匿、軍紀違反を犯してしまったことに焦っていた。

 用を足すと部下に告げ、独り木陰で汗を拭う。


「そろそろ夜襲が終わった頃かな?」

「夜襲部隊の里への配置完了、そこまでの情報は入っておりましたが……」

「報告が途絶えていると?」

「申し訳ございません。中継に入る者からの連絡が途絶えております」


 相貌の黒さのみが色を持つ少年。

 仮眠から目覚め、白髪を手櫛で整えながら、大きなあくびを一つ。

 万屋の紋が入る衣の襟を正し、参謀本部長の椅子に腰掛ける。


「仕方ないさ。今の里には先生がいるんだから。そう簡単にはいかないよ」


 覇王軍の先鋒が樹林帯に入り一時間ほど、小隊長の導く行軍ルートは混迷を極めた。

 ディスプレー上、迂回ルートの示す方向は常に引き返すよう促すが、小隊長は最短のルートを導けない機器の不具合の一点張り。


「小隊長、声色が優れません。休憩しましょう」

「……」

 やけに口数の少ない小隊長、違和感を持った副小隊長は声を掛け続ける。

「美味い饅頭まんじゅうが三つあるんです。良かったら食べてください」

「……後で頂こう」


 瞬間、小隊長に続いていた兵士四十余名が一斉に刀を抜く。

「回答は二つで十分、のはずですが? 貴様、小隊長ではないなっ!」

 一振りの刃が仮面を割く。

 すると、額に””の烙印が押された女の顔。


 しばし沈黙する兵士達。

 小隊長が入れ替わっている事実はもちろんであるが、突如として現れた美しい女の風貌に見入ってしまったのだ。


「……何者だ?」

「その額の烙印、天帝に献上される器の証。なぜこんな所に?」

「小隊長はどうした?」

 表情一つ変えず女が答える。


「殺した」


 透き通る声が発する暴力的な言葉、その不釣り合いさは容姿と相まって妖艶さすら漂わせ、兵士たちの心を惑わせる。


「……殺しただと?」

「あの時、木陰で入れ替わったか……」

「魔性の女め」

「色仕掛けでもされたか? まったく、小隊長にも呆れる」

 各々が憑かれたように女を見つめている。


「言葉を慎めっ!」

 激高する副小隊長に兵士たちの空虚な視線が注がれた。

 上官への非礼は死罪に値する軍紀であるが、その上官がいない小隊での軍紀は皆無。

 命令待ちの兵士は一転、剥き出しの個が支配する。


「二番手の分際で偉そうにしやがって!」

 兵士一人が副小隊長に斬りかかると、続けて数人が続く。

「乱世の時代、与えられるもんなんかねぇ。奪うだけだ」

「底辺には何も転がっちゃいねぇんだよ」

 絶命した副小隊長の指輪、時計などの装飾品、装備品さえも奪い合う兵士たち。


「貢の女なんて上物、高値で売れるぞ。金さえあれば兵士なんてやらなくてすむぜ」

「その前に品定めといこうか」

 女を囲む兵士たちもしびれを切らし始めた。

「最初に遊ぶのは俺様だ」

 一人の大男が刃の表面、波形の文様をなぞるように舐めながら、うすら笑いを浮かべ女に近づく。


——お前は貢の器、天帝様への献上品である。迎えが来るその日まで、身体に傷一つつけるでないぞ——


「まるでモノのように扱う」

「ん? 何か言ったか?」

「……まったく反吐が出る」


 女は背面から長短の刀を抜き双流の構え。

 その表情は変えずとも、動く眼球が次々と兵士たちを捕捉する。

 至近の大男は、歩む動作を忘れたかのように立ち尽くす。

 いや、本能が動くなと警告する。


 長刀が間合いを制する。

 短刀が急所を突く。

 最後に見合った者は、必然の運命をただ受け入れる。


 その瞳は殺すと言っている。

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