第4話 発症連鎖
——何か悪い夢を見ていたのかな……。
耳をつんざく轟音と断末魔、飛び起き目覚めれば静寂の闇。
気味の悪さを抱えたまま寝付くことも出来ず、里人たちは闇夜に明かりを灯す。
創世が里長の屋敷に到着すると、守衛、夜襲兵の骸を中庭に等しく並べる里長の姿があった。
「……何があったか教えてくれんか?」
放心の目は、もはや創世を認識しているのかさえ怪しい。
守衛、夜襲兵の死体が語る惨状、それは奇病で命を落とす里の死とは明らかに異なる。
看取る間も、悲しむ間も無い死に際、圧倒的な殺意の痕跡。
平穏にして実りある日々を過ごしてきた里が、一晩にして乱世の渦中へ放り込まれたことを意味していた。
里長は現実を受け止められないのであろう。
支離滅裂な独り言を呟き始める。
静観する創世。
守衛の命、夜襲兵の命、里長にとっては等しい命であるが故の心的なストレス、ショック症状。
その命を天秤にかける創世自身、とうに乱世の修羅であると自認する。
やがて中庭を周回し始める里長。
呟く独り言は次第に言葉の形を失い始めた。
揺らぐように見える口元から発せられる言葉は、不気味な高音へと変化する。
キュルキュルキュル。
松明の明かりのせいなのか。
口元の揺らぎもそうだが、里長の動作、全体像もゆらゆらと揺れている。
眼鏡ディスプレーの誤作動でも無く、この空間において明らかな違和。
現実を置き去りに、まるで絵画の一部だけが動いているような。
キュルキュルキュルキュル……。
——まさかっ!?
創世は不気味な高音をその場で録音、すぐさま
「テ……ドウシテ、コン……ナコトニ……コンナ……」
——間違いない、加速している!
高音の正体。
それは言葉が高速に語られた結果、いくつもの言葉が聞き取れないほどに圧縮され、現実時間の中で高音という
眼鏡ディスプレー内で録画、スロー再生される里長の動きは、その場で頭を抱えては天を仰ぐを繰り返す。
揺らぐ動作、それもまた高速で動くが故に現実時間では捉えられない動きの残像。
奇病を発症した者は、現実と隔絶された時間を加速して生きるという仮説は、望まぬ形で証明されてしまった。
仰向けに卒倒する里長。
絶望の色を浮かべた表情は別人のように痩せ細り、棒のような手足は倒れた衝撃で節々折れ曲がっている。
触れる首筋には脈も温度も無く、硬直した身体は骸というよりモノのように無機質であった。
高齢での奇病発症、細胞分裂数の上では寿命を全うしたかもしれないが、加速に耐えられぬその身体を見れば、奇病に命を奪われたと思わざるを得ない。
里長は数分の間に絶命した。
検分を始める間もなく裏手の家屋、そこからまた伝播するように各所で悲鳴があがる。
異変を感じた里人が屋外に出始め、守衛、夜襲兵の凄惨な死体を目の当たりにしているのだ。
創世は直感した。
夜襲兵が里の守衛を殲滅した時点で、覇王軍の作戦は既に成功しているのではないかと。
そして、里長の身に起こったことこそ相手の意図する狙い。
里人への心的ストレス、ショックを与えることで奇病を誘発させることを予見し得る者。
意図的な発症による検体確保、奇病研究のために一つの里を実験場に変えてしまう狂気。
あの少年の不敵な笑み。
キュルキュルキュル。
裏手の家屋に高音が響く。
キュルキュルキュルキュルキュル。
高音は止めどなく連なり、叫びのような音が里全体に響き始める。
——発症連鎖、これはまずい。
地面に座し、その場を動けない少女。
毎日挨拶を交わしていた守衛のお兄さんが、恐ろしい形相のまま血を流し眼前に横たわっている。
周囲の声は、低音で耳にまとわりつくような気持ちの悪い音に変化する。
自身を呼ぶ声さえも。
やがて見える世界も駆け寄る両親の姿も、ゆっくりと止まってしまうように。
——怖い、怖い、怖い、怖い……。
揺らぐように地面に座し、不気味な高音を発する少女の首筋に注射が打たれる。
過剰に反応する五感の感覚が薄れる中、少女を抱きかかえ鼓動のリズムで背中を叩く創世。
自身の言葉を録音し、
「大丈夫。悪い夢を見ているだけだよ」
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