第3話 遺宝操者

 迫る覇王軍、その危機を里長へ伝えようと離れの中庭を抜け、門外の守衛に向かい声を掛ける創世。

……。

 応答が無い。

 門扉の片側をゆっくり開けるとむくろが二つ。


 守衛二人は既に絶命していた。

 口元は液体が凝固したと思われるもので覆われ、心臓は一突き。

 声をあげる間さえ無い暗殺術サイレントキラー



——呑気に構えてしまった。既に敵が侵入している。それも遺宝兵装を用いる精鋭部隊に違いない。


 創世は掛ける眼鏡内面に映し出されるディスプレーに対し、目の動きのみで画面をスクロール、項目を選択する。

 電波・熱探知機能を選択すると、半径千メートル以内の配置図及び人影をディスプレー上に補足。


 動かぬ人影は家屋にて就寝する里人、あるいは屋外の守衛。

 高速移動する人影は見張り櫓、里の各所に設置された守衛所を駆け回っている。

 熱探知が人影をロストする。

 里の見張り、警備にあたる守衛の死を意味していた。


 創世は眼鏡の内面ディスプレー、人型アイコンに向けウインク一つ。

 人工知能が起動、現況を創世自身の声で報告する。

「夜襲ニテ里ヲ無力化シタ後、覇王軍本隊ノ合流。作戦カラ推察スルニ、特定ノ人物ヲ探シテイル可能性有リ。目的ヲ達スレバ、高イ確率デ里人ヲ虐殺」

 人工知能から抑揚の無い言葉、シミュレーションが耳内型音声受信機イヤフォンに流れる。


——今回の目的は螺旋塔ではなく里人の誰か……守衛は躊躇無く殺害ということは、ある程度の目星は付けているということか。いずれにせよ、今なら里人を救える猶予がある。


「天秤は傾いた」


 覇王軍への諜報、工作活動に向かった忍衆に緊急無線が入る。

「里に夜襲あり。総員直ちに戻り里外にて戦闘配置。敵遺宝兵装を無力化する陽光弾を合図に敵を殲滅せよ」


 創世は忍衆が持つ携帯端末にすぐさま現況を報告、タイムリーに更新される里の人影、配置図を共有する。

 そのディスプレー上、見張り櫓、守衛所、要人屋敷の守衛、各所の人影が次々とロスト、静寂の闇に命が消えていく。

 人影——覇王軍の夜襲部隊は、各所の守衛配置を交代するようにその場を動かず、本隊の到着を待つ。

 里は一夜にして無力化され、里人が目覚めを迎える頃には降伏を迫られ蹂躙される。


 だが、今の里には万創世がいる。

 遺宝探求者ディガーの中では遺宝操者ハンドラーとも呼ばれ、未知を扱う賢者。

 懐から回転式拳銃リボルバーを出しシリンダーを開放。

 一発の弾を込め、シリンダーをも覆う消音装置を装着。

 上空に向け引き金を引く。

 静寂のままに交戦の狼煙のろしが上げられた。


——月が二つ?

 一仕事終えたとばかり、骸に腰掛ける夜襲兵は空を見上げていた。

 暗視眼鏡ゴーグルには先ほどまで白く丸い月が映るのみであったが、明るさを増した白い月が相対するように。

 瞬間、まばゆい光が里全体を包み、暗視眼鏡の視界を焼けるような白で襲い、夜襲兵はたまらず昏倒こんとうする。


 この創世の合図と共に、里外の忍衆は一気呵成にディスプレー上の人影に向け散開、急襲。

 迷彩衣ステルスをも無力化する陽光の光に夜襲兵はその存在を晒し、忍衆により次々と処理されていく。


 煙るシリンダーを開放し、四つの弾を込める創世。

 もはや里の静寂は夜襲兵の断末魔で失われていた。

 ディスプレーにて人影を補足。

 四発の銃声がこだまする。

 至近の人影——夜襲兵の熱を探知、追尾する弾丸が正確に夜襲兵四人の急所を打ち抜いた。


 続けざまに弾を込めようとした創世に無線連絡が入る。

「敵夜襲部隊殲滅、総員被害皆無」

「ご苦労。しかしここからだ。忍衆をニ隊編成、第一隊は覇王軍本隊への諜報、ならびに工作活動で進軍の足止め、第ニ隊は里外にて警戒待機せよ」

 統率のとれた返答が無線に重なる。


——天秤は傾いた——


 選択を迫られる時、創世は決まってその言葉を口にする。

 非情で残虐な行いも厭わない、自らが信じる正義の執行。

 手を血で染めた夜襲兵を殺害することは、未来の命を守る。

 夜襲兵一人、その命以上に奪う命の数を天秤にかけた結果だ。


 里人の守衛、夜襲兵の骸が重なっている。

 望む未来は果たしていつやってくるのか。

 未知を扱う賢者の矛盾。

 いつまでもゼロ地点の今を繰り返す創世、不可視な現実は何よりも度し難いものであった。

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