雨の中の少年と彼 

  

 


 重く厚い雰囲気が漂う。そらは暗く、日が顔を出すことはない。雨のなか彼は一人歩く。行き交う人々は、ただ傘をさし雨から逃れ、歩く。彼は雨の中歩き続ける。大きなバックを背負い、紺のシャツにクリーム色のジーパン、雨が次第に服の色を変えていく。行き場を失い、見知らぬ街に足を踏み入れ、人の冷たさが雨の冷たさと入り交じり、自分のなかの何かが崩れていく。店の前で雨が止むの彼は待っている、一本の煙草に日をつけ深く吸う、煙草も雨に濡れている。雨は止むことを知らず、ただ上から下へと降り注ぐ。この雨で幸せを感じる人もいれば、逆にこの雨に憎悪を感じる人もいる。そんなことを考えている。

 「これ使って下さい。」目の前には幼い男の子が彼に傘を差し出していた。彼は自分を見上げる彼を見つめ、自分が幼かった頃を思い出した。

 希望を持ち夢を抱き、ただひたすら走り続けていた。迷うことを知らず、社会というくだらない場に身を置くことなど考えず、一日というものなど気にせず、好奇心や笑うことや、あの頃自分が持っていたものはすべてあの故郷に置いてきてしまった。今の自分にあるものは劣等感や絶望感、孤独や現実だけである。

 その少年から傘を受け取ると、笑顔で走って入った。その少年の姿が見えなくなるまで、彼の背を見つめていた。小さく黄色い傘、あの頃が懐かしかった。もう一度あの彼のような笑顔を浮かべたくなった。雨は彼を冷たい人間にすることはなかった、雨というものがあの少年と出会うきっかけを与えてくれた。彼はその機会を無駄にはしなかった。彼は傘をさし、駅へと向かい電車に乗った。窓側の席に座り、窓に自分の姿を写した、笑顔を写したがあの少年のような何の迷いもない笑顔を作り出すことはできなかった。窓越しに雨を見た、この街には雨が似合っていた。暗ク重い雲、またふたたびこの街に来ることを寂しく思えた、だがあの少年のような出合いが私はこの街の魅了であるように思えた。もう一度故郷に帰り、自分を見つけてこの街へ戻り、あの少年と出会えることを信じた。

 故郷は傘を必要とはしなかった。この街で出会った者達は今何をしているのだろうと、ふと頭に浮かんだ。

 出合いは彼を変えたわけではなかった。ただあの少年と出会ったことで一つの事を思い出すことができた。それは自分という本来のすがたであった。

 

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