サイモン
雨の降る中、私と兄と兄の友人とで街へ出かけた。傘を持ち電車に乗った。兄は途中で下りた。女に会いに行くらしい。私は兄の友人と最終の駅まで無言のまま乗り続けた。
喫茶店に入った私は緊張していた、なぜなら私は初めて喫茶店というものに入ったからだ。店の名は「サイモン」。上にはビリヤード台が置いてあった。その店の店員が兄の友人の鈴木さんであった。私は意味なくその店にいた。だが鈴木さんの仕事を見ているといつもとは違う一面を見ることができてどこか嬉しかった。帰っていった客のお皿やカップをかたずけるのを手伝ったりして兄とその友人を待った。外は何時の間にか雨が上がり、小鳥の鳴き声が聞こえた。店内にはジャズ音楽が響き渡り、コーヒーの匂いが店内に漂っていた。そしてそれとともに煙草の煙が充満していた。
「ウンナ−コーヒー」、「キリマンジャロ」、「アメリカン」、「ブラジル」私にはどのコーヒーも同じ味にしか思えなかった。私のコ−ヒ−の飲み方は、砂糖を一つにミルクを一つ。だからどれもこれも甘ったるい中に苦みのあるつかみどころのない飲み物にしか思えなかった。
そんなことをしている内に、兄とさっきまで一緒にいた兄の友人と、近くのデパートでコロッケを売っていた佐藤さんが「サイモン」に集まった。皆でたわいもない話をして、笑って殴って、コーヒーを飲んで、煙草を吸う、そんな光景が私には羨ましく見えた。
そして六年が経った。六年ぶりに「サイモン」へ行った。「サイモン」はまだ生きている。コーヒーの匂いも、煙草の煙りも、何も変わらない。だが店員は鈴木さんではなくなり、音楽はビートルズからオアシスに変わった。あの頃いたおばさん達はまだいる。だが私のことを覚えているのだろうか。聞いてみると、覚えていてくれた。「ウィンナーコーヒー」を頼み、友達はそれぞれ「アメリカン」、「バナナジュース」を頼んだ。そして私達はあの六年前の兄達のように、たわいもない話で、笑い、叫び、コーヒーをすすり、バナナジュースを飲み、時に真面目な顔で今を語った。
六年前と同じであった。私はカメラを構え目の前の友人を撮った。「サイモン」はなにも変わらなかった。しかっりと私が羨ましく思ってきたことをするために待っていてくれた。
「おばさん、いる?」私がそう言うと奥の席に彼らがいてくれる。ここは私達の青春の場である。そしていつもと変わらぬ時を過ごした私達は、
「また来ます、御馳走さま、」と言い残し、ばらばらになって帰っていく。
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